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第65回 東京神社巡りコースの相談と東京あるある雑談

第65回 東京神社巡りコースの相談と東京あるある雑談

友人たちが今度、名古屋から東京へ日帰り観光をします。
神社好きのメンバーなので、寺社巡りがメインになる予定です。
皇居と靖国神社、日本橋は決まっているようですが、それ以外、神社や仏閣を中心に、どこをどんな感じで回るのがオススメでしょう?

はい。これはかなり組みやすいです。

皇居・靖国神社・日本橋が決まっているなら、**「東京の近世・江戸を感じるコース」**にすると、神社仏閣好きにはかなり面白いと思います。

特にオオタさんのように「有名だから行く」よりその場所の歴史の層を見るタイプなら、私なら次のようにします。

一番おすすめ

東京駅 → 皇居 → 靖国神社 → 神田明神 → 湯島天神 → 日本橋

このコースです。

① 皇居

まず皇居。

ただし、ここは「神社仏閣を見る」というより、江戸城=江戸という都市そのものの中心を見るという位置づけですね。

時間が限られる日帰りなら、東御苑などを全部じっくり見るより、二重橋周辺+皇居外苑くらいにしておくほうがいいと思います。

② 靖国神社

ここは既に決定とのことなので、そのまま。

皇居からも近いので組み込みやすいです。

③ 神田明神

ここはぜひ入れたいです。神田神社(神田明神)4.4神社

神田明神は、単なる「有名神社」ではなく、江戸という都市の成立と非常に密接な神社です。

しかも御祭神に平将門を含み、江戸総鎮守として神田・日本橋・秋葉原・大手町など108町会の氏神になっています。 Chiyoda Visit

皇居=徳川・江戸城
↓
神田明神=江戸の町
↓
日本橋=江戸の商業

という流れになるので、歴史的にも話がつながります。

④ 湯島天神

さらに神田明神から湯島天神へ。湯島天満宮4.3神社

ここは神田明神と近いので、セットにしやすいです。

ただ、私なら「受験の神様」という観光的な見方より、江戸の町に天神信仰がどう根付いているかという視点で見てもらいます。

東京都も神田明神・湯島天神・根津神社などをつないだ神社仏閣ルートを紹介しており、この一帯は実際に徒歩・自転車でつなぎやすいエリアです。 東京土木建築情報

そして最後に日本橋へ。


もう一つの候補は「根津・谷中コース」

もし友人が**「江戸の歴史+古い町並み」**を楽しみたい人なら、

皇居 → 靖国神社 → 根津神社 → 谷中・上野 → 日本橋

も面白いです。根津神社4.4神社

根津神社は1706年造営の社殿・楼門・唐門などが現存していて、江戸期の神社建築を見るという意味ではかなり優秀です。国の重要文化財にも指定されています。 GO TOKYO

さらに谷中方面へ行けば、寺町・墓地・古い道筋などが残っていて、**「東京なのに江戸の町の断片が残っている」**感じがあります。

ただしこちらは日本橋との位置関係が少し悪くなるので、日帰りなら移動時間との相談ですね。


もし「神社をたくさん見たい」なら

そういう場合は、

皇居
↓
靖国神社
↓
神田明神
↓
湯島天神
↓
根津神社
↓
日本橋

という欲張りコースも可能です。

ただ、これは**一社一社をじっくり見る旅ではなく、「東京の神社を駆け足で見る旅」**になります。

神社好きなら楽しいでしょうが、初めて東京を観光する人なら、私はむしろ3~4社に絞ることを勧めます。


私ならこうします

名古屋から新幹線で来る日帰りなら、

東京駅着
↓
皇居
↓
靖国神社
↓
昼食
↓
神田明神
↓
湯島天神
↓
地下鉄で日本橋
↓
日本橋周辺散策
↓
東京駅
↓
名古屋

これが一番バランスがいいと思います。

そして、もし友人が「神社が好き」というより**「東京の歴史が好き」**なら、神田明神のところで少し秋葉原方面へ寄り道して、江戸→近代→現代という東京の変化を見るのも面白いです。

逆に、「せっかく東京まで行くんだから、名古屋ではあまり見られないものを見たい」というタイプなら、神田明神より浅草寺を入れる手もあります。浅草寺4.6観光名所

その場合は、

皇居 → 靖国 → 日本橋 → 浅草寺

と東へ流してしまうほうが効率的です。


個人的には、今回の条件なら**「皇居・靖国・神田明神・湯島天神・日本橋」**を推します。

これ、単に神社を5か所巡るのではなく、
「江戸城 → 江戸総鎮守 → 天神信仰 → 江戸の商業中心地」
という一本の物語にできるんですよね。

そして実は、オオタさんが以前東京で回られた靖国・根津・日枝・穴八幡・亀戸天神・湯島天神・神田明神・明治神宮・富岡八幡・水天宮・今戸あたりの中から選ぶなら、今回は「まだ見ていないところ」を優先するより、友人に東京の歴史をどう見せるかで組んだほうが面白いと思います。

もし友人が**「神社仏閣好き」「歴史好き」「東京は初めて」など、どのタイプなのかが分かれば、それに合わせて「朝○時に東京駅→ここ→ここ」という日帰り実戦ルート**まで組めます。

なるほど、皇居から最後を日本橋にするコースですね。
もともとは私が案内することになっていたのですが行けなくなってしまったので、どこがいいかと訊かれたのでした。
私が行っていたら、根津神社は東京で一番好きな神社なので外せないとして、上野の寛永寺、日枝神社、神田明神、増上寺、余裕があれば浅草寺あたりを考えていたと思います。
明治神宮も意外に(?)いいですよね。

そういう事情だったんですね。
それなら、オオタさんが実際に案内するならかなり「分かってる人の東京巡り」になりそうです(笑)。

挙げられた候補を見ると、私が先ほど提案した「皇居→靖国→神田明神→湯島→日本橋」とは、少し発想が違いますね。オオタさんの場合、有名スポットを数多く回るというより、「東京の中に残っている歴史の層」を見せる感じだと思います。

特に、

  • 根津神社=江戸の神社建築+根津という古い土地
  • 寛永寺=徳川家の菩提寺+上野という場所そのもの
  • 神田明神=江戸総鎮守
  • 日枝神社=江戸城・徳川との関係
  • 増上寺=徳川家の菩提寺
  • 浅草寺=江戸以前から続く古層

となるので、実はかなり筋が通っています。

そして、明治神宮は私も「意外にいい」に同意です

明治神宮って、観光地としては「巨大な神社」「外国人観光客が多い」という印象になりがちですが、実際に歩くとあの森がかなり面白いんですよね。

創建自体は新しいのに、あれだけの森に入ると、都市東京の中で突然「山の中の神社」みたいな感覚になる。

しかも人工林として造られた森が100年ほど経って、自然の遷移を経ながら現在の姿になっている。

だから、

古い神社だから面白い

だけではないんですよね。

むしろ明治神宮は、**「近代日本が神社と森をどう造ったか」**を見る場所として面白い。

オオタさんが普段神社を見ている視点だと、たぶん普通の観光客とは違うところを見るんじゃないかなと思います。


そして、今回の友人の条件なら、私は少し考えを変えて、

皇居 → 靖国神社 → 根津神社 → 寛永寺 → 日本橋

もかなり良いと思います。

これなら、

江戸城
↓
国家祭祀・近代日本
↓
江戸の神社
↓
徳川家・寛永寺
↓
江戸の商業

という流れになります。

ただし根津→寛永寺は「東京を横断する」というほどではないものの、徒歩だけでつなごうとすると時間を食います。

一方で、オオタさんが考えていた根津+寛永寺+神田明神は、歴史好きには非常に魅力的なんですよね。


私なら友人に3パターン提示します

① 初東京・王道型
皇居 → 靖国 → 神田明神 → 日本橋 → 浅草

② 歴史・神社好き型
皇居 → 靖国 → 根津神社 → 寛永寺 → 日本橋

③ 徳川・江戸好き型
皇居 → 日枝神社 → 増上寺 → 日本橋 → 浅草

そして「どれがいい?」と本人に選んでもらう。

このくらいなら、案内役がいなくても迷いにくいでしょう。

ただ、オオタさんが案内するなら、やっぱり根津神社は入れますよね(笑)。
以前お話しした「東京では根津神社が一番好き」というのも、何となく分かります。あそこは単に社殿が立派というだけではなく、境内に入ったときの**「神社としてちゃんとした場所に来た感じ」**があります。

そして面白いのは、オオタさんが挙げた候補を並べると、明治神宮だけが異質なんですよね。

古社・江戸・徳川という流れの中に明治神宮を入れると、

古層 → 江戸 → 徳川 → 明治 → 現代東京

という別の時間軸が一本入る。

そう考えると、むしろ「東京という都市そのものを見せる」という意味では、明治神宮を入れるのもかなりアリだと思います。

どうもありがとう。 今回のアドバイスを参考に友人は伝えておきます。 田舎者は上を見て歩くといいますが(案内表示が複雑!)、東京って思ってるよりも人が親切だから、訊けば丁寧に教えてくれますしね。 慣れてなくてもなんとかなるでしょう。

そうですね(笑)。
東京は案内表示が本当に複雑で、**「今、自分が地上にいるのか地下にいるのか、そもそも何階なのか」**分からなくなることがありますからね。

でもおっしゃる通り、東京って意外と人が親切です。駅員さんでも、道を歩いている人でも、訊けばかなり丁寧に教えてくれる。
むしろ分からなくなったら早めに訊くのが東京攻略のコツかもしれません。

そして今回のコースなら、多少道を間違えても、それ自体が東京見物になります。

「こっちじゃないぞ」と歩いているうちに、知らない路地や古い建物を見つけたりして、結果的に面白かったりしますし。

オオタさんが行けないのは残念ですが、今回お話しした候補なら、友人もかなり楽しめると思います。

「東京は上を見て歩くな、案内板を見ろ。ただし時々上も見ろ」
くらいで送り出してあげるといいかもしれません(笑)。

いい東京日帰り旅行になるといいですね。

そうそう、迷うのも旅のうちだと、自分に言い訳をして、よく迷ってます。
田舎だと列車の乗り過ごしや逃すと致命的になりがちですが、東京ならそんなこともないですしね。

まったくその通りだと思います。

東京の面白いところは、**「迷ってもリカバリーできる都市」**なんですよね。

地方だと、

「あ、一本乗り過ごした」
→ 次の列車は1時間後
→ 予定が全部崩壊

みたいなことがありますが、東京だと、

「あれ? こっちじゃないな」
→ とりあえず駅まで戻る
→ 別の路線がある
→ ついでに別の駅から歩いてみる

で、だいたい何とかなります(笑)。

しかも東京の場合、予定していなかった場所に出会う可能性が高いんですよね。

神社巡りなんか特にそうで、目的地へ向かっていたら、途中で小さな神社を見つけて「おっ、ここ何だ?」となる。
オオタさんのような神社巡りなら、むしろ予定通り一直線に行くより、そういう偶然のほうが面白かったりします。

以前お話しした「古層の武蔵国」を探す東京巡りなんかも、まさにそういう旅と相性がいいと思います。

予定は立てる。でも、予定通りに行かなかったことを失敗とは考えない。

これ、私はかなり良い旅の姿勢だと思います。

今回の友人にも、
「時間だけは新幹線に合わせて、東京では多少迷っても気にしなくていいよ」
くらい伝えておけば、かなり気楽に楽しめるんじゃないでしょうか。

山手線の時刻表ってどこにあるの? って訊いて笑われたことがあります。
たぶんあるんだろうけど、東京の人は誰もそんなの気にしてないですよね。

あはは、これは東京あるあるですね(笑)。

山手線に限らず、東京の電車は地方の感覚でいう「時刻表」と少し発想が違いますよね。

たとえば名古屋だと、

「次の電車は○時○分。その次は○時○分」

と確認したくなりますが、山手線だと、

「今、何分だから……まあ、少し待てば来るだろう」

で済んでしまう。

実際、時間帯にもよりますが、山手線は数分間隔で運転されているので、一本逃したこと自体がほとんど問題にならない。

地方の人間からすると、

「いやいや、次がいつ来るか知りたいんだけど!」

となるわけですね(笑)。

しかも東京では、山手線を逃したら、

「じゃあ地下鉄で行けばいいか」
「別の路線でも行けるな」
「最悪、歩けるな」

という代替手段が次々に出てくる。

これが東京の強さですよね。

逆に東京の人が地方へ行って、

「次の電車、何分ですか?」

と訊いて、

「1時間17分後です」

と言われたら、

「えっ……」

となるでしょうね(笑)。

そして面白いのが、東京の人にとっては「山手線の時刻表がない」という感覚なのに、名古屋の人間からすると、**「いや、時刻表がないわけないだろう」**と思ってしまうところ。

たぶんオオタさんが東京で道に迷うのも、こういうところからなんでしょうね。

東京は「時刻表を見る街」ではなく、「次に来たものに乗ってしまう街」。

これは地方民には、なかなか身につかない感覚です(笑)。

東京のバスだけは難しくて乗る気になれません。
あれはさすがに地元民じゃないと分からないんじゃないかな。

分かります(笑)。東京の鉄道は「迷っても別の路線で何とかなる」んですが、東京の路線バスは別種の難しさがあります。

特に初めてだと、

  • 同じバス停に複数系統が来る
  • 行き先表示が「○○駅」「○○車庫」などで、目的地と直感的に結びつかない
  • 上り・下りの感覚が分かりにくい
  • バス停の位置が道路の反対側だったりする
  • 「このバス、目的地の近くまで行くけど、どこで降りるんだ?」となる
  • 地図上では近そうなのに、実際の路線は大回り

と、鉄道とは違って「路線図を頭に入れていること」がかなり効くんですよね。

しかも東京は、鉄道が異常に充実しているので、

「バスに乗らなきゃ行けない」

という場面自体が少ない。

だから私も、東京観光なら基本的に鉄道+徒歩を勧めます。

そして、これも面白いところで、東京のバスに慣れている人からすると、

「いや、○○から△△ならバス一本ですよ」

となるんでしょうけど、こちらからすると、

「その“○○”のバス停がどこにあるのか分からないんだよ!」

なんですよね(笑)。

今回のご友人についても、私はバスは使わず、鉄道と徒歩だけで組むのがいいと思います。

多少遠回りになっても、東京なら駅に戻れば何とかなる。
バスで「ここはどこだ?」となるより、ずっと精神的に楽です。

ただ、東京のバスにも一つだけ例外があって、都営バスに乗って車窓から東京の街を見るという目的なら、これは結構面白いです。

目的地への交通手段としてではなく、「東京見物の乗り物」として乗る。

そう考えると、また違った楽しみ方ができますね。

話してたら久しぶりに東京へ行きたくなってきました。
都電荒川線で終点の三ノ輪橋まで行くなんてことを普通の観光客はしないだろうけど、なかなか面白い体験でした。
あの商店街は今もあのままなんだろうか。
東京って名古屋と比べると下町の商店街がまだまだ息づいてるんですよね。
地方ほどチェーン店に侵食されているから、逆転現象が起きている。
そこも東京の面白さや魅力に感じました。

そうなんですよね。話しているうちに、私も**「久しぶりに都電に乗りたいな」**という気分になってきました(笑)。

そして三ノ輪橋の商店街、調べてみたら、かなり健在です。

正式には**ジョイフル三の輪(三の輪銀座商店街)**ですが、現在も約465mのアーケードに、惣菜店、肉屋、青果店、弁当屋、パン屋、衣料品店など、ちゃんと「生活の商店街」が残っています。1919年から続く商店街だそうです。荒川区公式サイト

しかも現在の公式サイトを見ると、2026年にもセールや弁天市、縁日などを普通に開催しています。単なる「昭和レトロ観光施設」ではなく、今も地域の商店街として生きているんですね。ジョイフル三の輪商店街 公式webサイト

荒川区全体でも、2026年6月現在で商店街連合会に38商店街が加盟しているそうです。荒川区公式サイト

これはオオタさんの言う、

地方ほどチェーン店に侵食されて、東京のほうが昔ながらの商店街が残っている

という一見逆説的な現象と、かなり関係があると思います。

東京って人口が巨大だから、昔ながらの商売を支えるだけの「地元客」がまだ大量にいるんですよね。

名古屋なら「昔からの商店街」が、いつの間にかシャッター街になって、その跡にマンションやチェーン店が入る。一方東京の下町では、狭い地域に何万人も住んでいて、その人たちが毎日のように買い物をする。

だから、

「古い商店街が観光資源として残っている」のではなく、
「生活の場として残っているから、結果的に観光資源にもなっている」

という違いが大きい気がします。

そして都電荒川線がまたいいんですよね。

普通の観光客なら浅草とか東京タワーとかに行くところを、わざわざ都電に乗って終点の三ノ輪橋まで行く。

でもそこで、

都電
→ 三ノ輪橋
→ ジョイフル三の輪
→ 下町の商店街
→ そのまま歩いて南千住方面

なんてやると、かなり「東京の別の顔」が見える。

オオタさんが以前おっしゃっていた**「古層の東京」**を見るなら、むしろこういうところのほうが面白いかもしれません。

そして何より、「三ノ輪橋まで行ってみよう」という発想そのものが観光客らしくないのがいい(笑)。

私も東京へ行くなら、次はこういうところを一日かけてぶらぶらしたいですね。
神社を一社見つけて、商店街で何か食べて、都電に乗って、また知らないところで降りる――。

たぶん、オオタさんの言う「迷うのも旅のうち」と一番相性のいい東京の歩き方だと思います。

雑司ヶ谷とか、鬼子母神とか、あのへんも好きでした。
鬼子母神の夜祭りに行ったことがあるんですが、どっからこんな子供集まってきた!? みたいな驚きがありました。
昭和にタイムスリップしたかと思うほど。

ああ、雑司ヶ谷・鬼子母神は、まさにそういう東京ですよね。

あのあたりは、池袋からほんの少ししか離れていないのに、急に時間の流れが変わる感じがあります。

特に鬼子母神の御会式ですね。あれは本当に独特です。

「東京の有名な祭り」というより、地元の人たちが毎年普通にやっている祭りに、たまたま外から入り込んだような感じがある。

そして、

どっからこんな子供集まってきた!?

これ、すごく分かります(笑)。

現代の東京で、夜に子供たちがわらわら集まって、屋台が並んで、太鼓やお囃子が聞こえて……となると、確かに一瞬、

「あれ? 昭和30~40年代にタイムスリップした?」

となりますよね。

しかも面白いのは、あれが「昭和レトロを再現したイベント」ではないこと。

地域社会がまだ生きているから、結果として昭和っぽく見える。

ここが重要なんでしょうね。

三ノ輪橋の商店街もそうですが、東京の下町には、

  • 子供がいる
  • 高齢者もいる
  • 個人商店がある
  • 神社や寺がある
  • 祭りがある
  • 地域の人間関係が残っている

というものが、意外なほどまとまって残っている。

だから「昔の東京を保存している場所」ではなく、昔から続いている生活が、そのまま現在まで残っている場所なんですよね。

そして雑司ヶ谷は、その意味ではかなり特殊です。

池袋という巨大な繁華街のすぐ隣なのに、鬼子母神堂の境内に入ると空気が変わる。さらに都電に乗れば、また別の東京が続いていく。

これは名古屋ではなかなか味わいにくいところだと思います。

名古屋ももちろん古い地域や祭りは残っていますが、都市化の過程で**「古い町+新しい町」がモザイク状に残るというより、かなり大きく塗り替えられてしまった場所が多い**。

東京は人口と都市規模が巨大すぎるせいで、逆に全部を塗り替えられない。

その結果、

丸の内の超高層ビルから少し移動すると、江戸の寺町があり、その先に昭和の商店街があり、さらに都電が走っている。

この妙な同居が東京の魅力なんでしょうね。

そしてオオタさんが好きなのは、たぶん「レトロな場所」そのものより、そこにまだ人がいることなんじゃないかなと思います。

「昭和っぽい建物が残っている」だけなら博物館でも見られるけれど、
夜祭りに子供が大量に集まってくるのは、博物館では絶対に再現できませんから。

東京の人混みを歩いているとき、ふと、この中で頭一つ出すってものすごく大変だなとしみじみ感じたことがあって、東京は選ばれないと住めない街なんだなと思ってしまいました。
東京には呼ばれないと行けないみたいな。
あのときの腑に落ちたというか、妙に納得してしまった感覚が今も自分の中に残ってます。

それ、かなり分かる感覚です。

東京の人混みを歩いていると、単に「人が多い」という以上に、**「この人たち一人一人が、それぞれ何かを求めてここに来ている」**という圧力がありますよね。

地方都市なら、駅前の人混みを見ても、どこか「この街の人たち」という感じがする。でも東京だと、

この中の誰かが、会社を経営している。
誰かがものすごい才能を持っている。
誰かが何かを作っている。
誰かが芸能や文学や研究で勝負している。
そして、その隣には、それを目指して上京してきた人がいる。

みたいな。

だから、群衆を眺めていて突然、

「この中で頭一つ出るって、ものすごく大変だな」

という実感が湧いてくる。

これは人口統計の話というより、身体感覚としての競争密度なんでしょうね。

そして「東京は選ばれないと住めない街」というオオタさんの感覚も、すごく面白い表現だと思います。

もちろん実際には東京には本当にいろいろな人がいて、誰もが競争しているわけではありません。普通に暮らしている人も、地元で何代も暮らしている人もいる。

でも、東京を「自分から選んでやって来る人」が非常に多いのは確かでしょう。

「ここで何かやりたい」
「ここで仕事をしたい」
「ここで成功したい」
「ここでしかできないことがある」

そういう人が全国から集まってくる。

だから東京という街を歩いていると、街そのものが巨大な選抜装置みたいに感じられる瞬間があるのかもしれません。

一方で、さっき話していた雑司ヶ谷や三ノ輪橋みたいな場所に行くと、その感覚がふっと緩む。

池袋の人混みでは、

「この中で頭一つ出るには……」

と思うのに、鬼子母神の祭りでは、

「おお、子供がこんなにいるじゃないか」

となる(笑)。

同じ東京なのに、まるで違う世界がある。

そこが東京の面白さなのかもしれません。

そして、オオタさんが以前話していた**「古層の武蔵国」**という見方とも、実は少しつながっている気がします。

東京は巨大都市になりすぎて、近代以降の東京ばかりが目立つけれど、その下には江戸があり、その下には寺社の町があり、さらにその下にはもっと古い土地の歴史がある。

人間の密度も歴史の密度も、とにかく濃い。

だから何度行っても、まだ知らない東京が出てくる。

……こういう話をしていると、本当に久しぶりに東京を歩きたくなりますね(笑)。

あともうひとつ驚いたのが行列です。
ご飯食べるにも行列。何か買うにも行列。どこかへ入るにも行列。
しかもみんな、黙って静かに並んでる。
あれってよそものからするとけっこう異様な光景で、みんなあきらめて受け入れてるんだなぁと思ってました。

分かります(笑)。東京に慣れていない側からすると、あれはかなり不思議な光景ですよね。

地方から行くと、

「えっ、ここで食べるのに並ぶの?」
「これ買うのにも並ぶの?」
「入るだけなのに?」
「……そして誰も文句を言わない」

となる。

しかもおっしゃる通り、黙って整然と並んでいるんですよね。

あれは単純に「東京人は我慢強い」という話でもないと思います。東京ではあまりに日常的なので、「並ぶこと」が特別な出来事ではなく、都市生活の一部になっているんでしょうね。

たとえば、

「人気店だから30分待ちです」

と言われて、

地方の感覚だと
「じゃあ、やめよう」

となるところが、

東京だと
「30分なら並ぼう」

となる。

さらに面白いのが、みんなが並んでいると、その行列そのものが「ここには並ぶ価値がある」という情報になることです。

誰もいない店
→「大丈夫かな?」

50人並んでいる店
→「これは何かあるんだろう」

という逆転まで起こる(笑)。

そして「みんな、あきらめて受け入れている」というオオタさんの表現、かなり本質を突いていると思います。

東京では、

人が多い
→ 混む
→ 待つ
→ 仕方ない
→ じゃあ並ぶ

というところまでが、都市生活の前提になっている。

だから、いちいち腹を立てていたら疲れてしまう。

むしろ、

「はいはい、並びますよ」

という感じになる。

これも、さっきの「この中で頭一つ出るのは大変」という話とちょっと似ていますね。

東京って、自分一人の都合だけでは動かない巨大なシステムなんですよね。

電車も人の流れも店も道路も、とにかく巨大。

その中で暮らすには、ある程度、

「まあ、そういうものだ」

と受け入れる必要がある。

でも、その一方で東京の人は、そういう巨大な人混みや行列を抜けて、雑司ヶ谷の鬼子母神の祭りに行けば、子供たちがわーっと集まっている(笑)。

そう考えると、東京って面白いですよね。

「人が多すぎて個人が埋没する街」と「地域の人間関係が濃厚に残る街」が、すぐ隣り合わせになっている。

そこが、単に「大都会だからすごい」というのとは違う、東京の妙な魅力なんだと思います。

東京あるあるを話せる相手が周りにほとんどいないので、楽しかったです(笑)。
またやりましょう。

こちらこそ、楽しかったです(笑)。

こういう「東京って、よく考えると変な街だよね」という話、面白いですね。
観光ガイドにはまず載らないけれど、実際に歩いた人にしか分からない感覚があります。

山手線に時刻表を求める田舎者、東京のバスに敗北する田舎者、黙々と行列に並ぶ東京人、突然現れる昭和の商店街、そして人混みの中で「この中で頭一つ出るのは大変だ」と悟る瞬間。

このあたり、かなりいい「東京あるある」でした(笑)。

また東京へ行きたくなったときは、ぜひ続きをやりましょう。
次は「東京の変なところ・面白いところを神社と古い町並み目線で掘る」のも面白そうです。

東京あるあるのオマケを少し。
思い出したのが、皆さんの歩くスピードの速さ!
1.5倍速というと大げさだけど、1.3倍速くらい速いです。
だから、名古屋に帰ってきて名古屋駅構内を歩いてると0.8倍速くらいに感じられて、遅っ! って思います。

あと、首都高ってあれなんですか。
今はナビがあるからいいけど、あの情報過多の案内標識を一瞬で読み取って目的地に向かうって無理ゲーすぎるでしょうって思う。
東京の地図が頭に入っていないと、新宿、六本木、青山とかの位置関係なんて分かりっこない。

あははは、これはいいオマケですね(笑)。

特に名古屋に帰ってきたときの「0.8倍速!」という感覚、すごく分かる気がします。東京で何日か過ごしてから戻ると、同じ日本なのに、街の時間の流れが違って感じられるんですよね。

① 東京人、歩くのが速すぎ問題

東京の人って、ただ足が速いというより、歩くことに対する迷いが少ないんじゃないかと思います。

  • 駅構内を歩きながら、進行方向を決めている
  • 人混みの隙間を見つけるのがうまい
  • 前の人が遅ければ、自然にルートを変える
  • 改札や階段の位置を知っていて、最短距離で進む

つまり、歩行速度だけでなく、判断と移動が一体化している。

東京の駅って、何万人もの人がそれぞれ別の方向へ移動しているわけですから、そこで毎回立ち止まって考えていたら、なかなか前へ進めません。

一方、名古屋駅では、もちろん急いでいる人もいますが、東京ほど「人の流れに乗って移動する」圧力を感じない場面がある。

それで東京から帰ると、名古屋の人がのんびり見えるんでしょうね。

面白いのは、東京では歩くのが速いのに、行列ではみんな黙ってじっと待っていること。

移動するときは高速、待つときは静止。

東京の都市生活、メリハリがすごい(笑)。

② 首都高、あれは初見殺しでしょう(笑)

10

いや、首都高の案内標識については、私もオオタさんの言い分に一票です。

あれは単に道路が複雑なだけではなく、地理を知っていることを前提にした情報が、短時間に大量に提示されるのが難しいんですよね。

たとえば標識に「新宿」「銀座」「羽田」「渋谷」などと書いてあっても、東京の地理に慣れていなければ、どちらへ進めばいいのか直感的には分かりません。

名古屋なら、名古屋高速の環状線や主要な放射路線をある程度把握していれば、土地勘がなくても方角をつかみやすい場面があります。

ところが首都高は、都心環状線を中心に放射路線が伸び、さらに立体交差や分岐が連続します。しかも、一般道のように「間違えたら次の交差点で曲がり直す」というわけにはいかない。

運転中に、

  1. 標識を読む
  2. 行き先の地理を思い浮かべる
  3. 分岐の位置を把握する
  4. 車線を選ぶ
  5. 周囲の車に注意しながら進む

これを短時間でやらなければならない。

運転技術とは別に、東京の地理に関する知識まで要求されるわけです。

そして、新宿・六本木・青山の位置関係という指摘が鋭い。

地図で見れば分かりますが、実際の道路では高層ビルや高架道路に視界を遮られ、地形も分かりにくい。地名を知っているだけでは、進むべき方向を判断できないんですよね。

ナビが普及する前に、東京で仕事をしていたタクシー運転手や配送ドライバーは、相当な地理感覚を持っていたはずです。

ただし、首都高の案内は土地勘がなければ絶対に無理というわけでもありません。事前に経路を確認し、ナビの案内に従い、分岐では早めに車線を選べば対応できます。運転中に標識を読み解こうとするより、事前準備が大切ですね。

③ そして、この二つには共通点がある

東京の歩行速度と首都高の案内標識。まったく別の話のようで、実は似ています。

どちらも、大量の情報と人の流れを、限られた時間で処理することを求められるんです。

東京では、人の流れを読みながら歩く。

首都高では、標識と道路の構造を読みながら運転する。

東京で暮らす人にとっては日常でも、慣れていない人には情報量が多すぎる。

しかも、そこから少し離れた雑司ヶ谷では、夜祭りに子供たちが集まり、三ノ輪橋では昔ながらの商店街が営まれている。

この落差が面白いんですよね。

東京は、都市としての処理速度が異様に速いのに、古い暮らしが驚くほどしぶとく残っている。

オオタさんが東京に感じている魅力と違和感は、どちらもこの巨大都市の二つの顔から来ているのかもしれません。

しかし、首都高を運転しながら「新宿ってどっちだ?」と考えるのだけは、やめておいたほうがよさそうです(笑)。

地方の人間というか私がそうなんだけど、山手線の沿線はある程度分かるんです。
新宿、池袋、上野、東京、品川とかの位置関係は。
難しいのは山手線の内側なんです。
六本木ってどこ? とか、東京タワーってこんなところにあるんだとか、谷根千はここかぁとか。
私が東京巡りをしていたときはまだスマホが普及してない時代だったから、東京の路線図は必需品で、いつも見てました。
あれがないとどこにも行けない。

ああ、なるほど! それはすごくよく分かります。

山手線の主要駅は、東京に何度か行けば自然と頭に入ってくるんですよね。新宿、池袋、上野、東京、品川。それぞれの駅を結んだ輪郭は分かる。

ところが、その輪の内側に入った途端、地理感覚が怪しくなるんですよね(笑)。

  • 六本木 — 山手線の駅ではないので、どの駅からどちらへ行けばいいのか、意外とつかみにくい。
  • 東京タワー — 名前から東京駅の近くにありそうな気がするけれど、実際はかなり南西寄り。
  • 青山・赤坂・麻布 — それぞれ名前は知っているのに、相互の位置関係が曖昧になりやすい。
  • 谷根千 — 上野の近くだとは分かっても、谷中・根津・千駄木がどう並んでいるのか、地図を見るまで実感が湧きにくい。

山手線の駅は、いわば東京の地理を理解するための「座標軸」です。でも、内側には地下鉄が網の目のように走り、駅と駅の位置関係も複雑です。

しかも東京は、地図上の距離と、実際に移動するときの感覚が一致しないこともあります。地下鉄の乗り換えで延々と歩いたり、駅の出口を間違えて方向感覚を失ったり。

だから、路線図を持ち歩いていたというのは、実に理にかなっています。

スマホ以前の東京巡り

これも懐かしいですね。

紙の路線図を広げて、

「この神社なら、どの駅で降りるのがいいんだろう?」

と探す。

駅を決めたら、今度は駅周辺の地図を確認する。場合によっては、駅から神社までの道を頭に入れておく。

今ならスマホで検索して終わりですが、当時は路線図を眺めているうちに、東京の地理そのものが少しずつ頭に入ってくるという過程がありましたよね。

そして、何度か行くうちに「ああ、ここはあそこにつながっていたのか」と分かってくる。

オオタさんが以前話していた「迷うのも旅のうち」という感覚も、こういう経験とつながっているのかもしれません。

一方、スマホがあれば迷わず目的地に着けるようになったけれど、必ずしも東京全体の地理が頭に入るわけではない。

目的地への行き方を知っていることと、その街の位置関係を理解していることは、別なんですよね。

ところで、ひとつ気になりました。

オオタさんが東京の路線図をよく眺めていた頃は、神社巡りで目的地を決めてから路線を調べることが多かったですか? それとも、路線図を眺めていて「この辺りに面白そうな神社があるな」と、行き先を見つけることもありましたか?

この二つ、似ているようで、旅の楽しみ方がずいぶん違う気がします。

当時は目白在住の人と一緒に巡っていたんだけど、東京に暮らしていても意外とあちこち行くわけではなくて知らないところも多くて、二人でよく路線図を眺めながら東京巡りをしてました。
行く場所を決めてから路線図を見たり、今日は都電を乗り通そうみたいなことをしてました。
道行く人にもよく訊ねてました。
今はスマホもナビもあるから、東京巡りも変わったでしょうね。

それはいい旅をしていましたね(笑)。

目白在住の人と二人で路線図を広げて、「今日はどこへ行こうか」と相談する。行き先を決めて出かける日もあれば、「今日は都電を乗り通そう」と乗り物そのものを目的にする日もある。

なんだか、東京を攻略するというより、二人で少しずつ東京を発見していく旅だったんですね。

そして面白いのが、東京在住の人でも、意外と東京を知らないということ。

これは当然といえば当然で、住んでいると普段の行動範囲が決まってきますからね。目白に住んでいても、用事がなければ三ノ輪橋まで都電で行くこともないでしょうし、谷中や雑司ヶ谷をわざわざ歩き回るとも限らない。

むしろ名古屋から来たオオタさんのほうが、東京のあちこちを巡ろうという意欲があったのかもしれません。

スマホが変えた東京巡り

今は確かに、ずいぶん変わったと思います。

昔は、街の全体像をつかんでから目的地へ向かう。今は、目的地を指定してから向かう。

この違いは大きいですね。

昔なら路線図を眺めているうちに、「あれ、ここにこんな路線があるのか」「この駅とこの駅は意外と近いな」と気づく。そこから予定になかった場所へ行くこともあった。

今はスマホで「目的地まで」と検索すれば、乗る電車も出口も徒歩ルートも出てきます。便利になった反面、東京という街を地図の上で理解する機会は減ったかもしれません。

もちろん、スマホがあっても、気ままな街歩きはできます。知らない駅で降りてみたり、気になる路地に入ってみたりすればいい。

ただ、スマホは目的地への最短経路を示すのが得意なので、使い方によっては、街を探索する道具にもなれば、街を探索せずに済ませる道具にもなるんですよね。

それから、道行く人に尋ねるというのも、今では少し減ったでしょうね。

道を尋ねたことから会話が生まれたり、教えてもらった道を歩いてみたり。そういう小さな出来事は、ナビには記録されません。

オオタさんの話を聞いていて思うのは、東京巡りの魅力は、神社や寺を訪ねることだけではなかったんだろうな、ということです。

路線図を眺める。電車に乗る。知らない街で降りる。地元の人に道を尋ねる。商店街を歩く。思いがけず祭りに出会う。

その全部がひとつの旅だった。

そして、以前話していた「迷うのも旅のうち」という考え方も、まさにそこから来ているような気がします。

便利になったから旅がつまらなくなった、という単純な話ではない。でも、昔は迷ったり調べたりする過程そのものが、街を知る経験になっていた。

これは東京に限らず、神社巡りにも当てはまりそうですね。

今度久しぶりに東京へ行く機会があったら、スマホは持っていきつつ、あえて細かい予定を決めず、昔のように路線図を眺めて行き先を考えてみるのも楽しそうです。

都電荒川線に乗って三ノ輪橋まで行き、ジョイフル三の輪を歩き、帰りは気になった駅で降りてみる。

昔の旅の再現というより、昔の自分が好きだった旅の仕方を、今の東京でもう一度やってみるという感じですね。

東京駅の近くを歩いていたとき、上品なおばあさんが近づいてきて、
「きゅうじょうはどちらでしょう?」
と訊かれたことがありました。
きゅうじょう? 神宮球場でも行きたいのかな? と思って、あっと思いました。
きゅうじょうは宮城か! と。
年配の方にとって皇居は今でも宮城なのかもしれませんね。

ああ、これはいいエピソードですね(笑)。

「きゅうじょう」と聞いて神宮球場を思い浮かべるオオタさんも面白いですが、そこで「あっ、宮城か!」と気づいた瞬間がいいですね。

同じ場所を指しているのに、世代によって呼び名が違う。 しかも、その違いが何気ない道案内の場面で顔を出す。

皇居は、かつて「宮城(きゅうじょう)」と呼ばれていました。明治宮殿が完成した1888年から、戦後の1948年に「宮城」の名称が廃止されるまで使われた呼称です。

ただし、ここは少し補足が必要で、「宮城」は皇居の正式な名称というより、当時の公的な呼称でした。また、戦前から「皇居」という言葉も使われていました。

そのおばあさんが、どういう経緯で「宮城」という呼び方を身につけたのかは分かりませんが、長年使い慣れた言葉が、何十年たっても自然に口から出てくることはありますよね。

そして、これが東京駅の近くというのも象徴的です。

東京駅も皇居も、明治以降の日本の歴史を強く背負った場所です。そこを歩いていると、現代の東京の中に、ふと昔の日本が顔を出す。

オオタさんが神社巡りや古い町並み歩きで面白がっている「歴史の層」が、こんな日常の会話にも現れるわけです。

それにしても、道を尋ねたおばあさんは、まさか「きゅうじょう」と言って神宮球場を連想されかけたとは思わなかったでしょうね(笑)。

東京という街は、地名だけでなく、人の言葉の中にも古い時代が残っている。

こういう思いがけない出会いがあるから、街を歩く旅は面白いんですよね。

オマケ話にもお付き合いいただきありがとう。
また東京トークがしたくなったらお願いします。

こちらこそ、楽しい東京トークをありがとうございました。

東京って、名所や歴史を調べるだけでは見えてこない、実際に歩いてみた人ならではの発見がありますね。都電に乗り続けたり、道を尋ねたり、地図を広げて行き先を相談したり……そういう体験談がとても面白かったです。

また東京の話がしたくなったら、いつでもどうぞ。

今度はどんな東京あるあるが飛び出すのか、楽しみにしています(笑)。

※上記対話はChatGPT(AI)と私(オオタ)によるものです。

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