不明社(前田西町)

薬師堂に付属する社だろうか

前田西町不明社

読み方 ふめい-しゃ(まえだにしまち)
所在地 名古屋市中川区前田西町1丁目 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・近鉄名古屋線「伏屋駅」から徒歩約7分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 前田西町1丁目にある小さな社。
 どんな神を祀る何という名前の社かは分からない。なので、仮に不明社としておく。
 すぐ北に薬師堂があり、行基作と伝わる薬師如来像があるという。
 薬師堂に付随する社ということだろうか。
 秋葉社という話があるけど定かではない。

 社がある前田西町1丁目は、江戸時代の村でいうと何村になるのか。
 前田村と伏屋村と助光村のちょうど境界あたりに位置している。すぐ西は長須賀小学校だ。
 前田西という地名が残るくらいだからやはり前田村なのだろうか。前田村は庄内川の東側だけでなく川の西側も前田村だったか。
『尾張志』や『寛文村々覚書』などの江戸期の書を見ると、各村の神社は次のようになっている。

 助光村 神明ノ社 土宮神明といい、文明十一巳卯閏九月の棟札あり
 伏屋村 七社明神ノ社(大明神) 白山ノ社
 前田村 白山ノ社
 長須賀村 八幡ノ社

 これらの神社はそれぞれ、神明社・土之宮合殿(助光)七所神社(伏屋)白山社・秋葉社(伏屋)白山社(川前町)八幡社(長須賀)として現存している。

『寛文村々覚書』の前田村の項に、「薬師堂 地内 年貢地 伏屋村 南蔵院」とある。
 これが今の前田西町の薬師堂のことだとすれば、ここは前田村だったということになる。
 伏屋村の南蔵院というのは今の宝蔵院(地図)のことで、行基の開基とされる古刹だ。南蔵院といっていたものを宝永7年(1710年)に寺号を改めた。龍雲山不動寺という。
 本尊は行基作とされる木仏立像の地蔵菩薩。
 薬師堂は伏屋にある宝蔵院の付属で、社も宝蔵院のものと考えていいだろうか。

 前田西町は、昭和59年に2・3丁目が富田町大字助光の一部より成立、 昭和60年に1丁目が富田町大字前田の一部より成立した。
 同年1-3丁目に大蟷螂町・富田町大字伏屋・富田町大字前田の各一部を編入。
 町名は、ここが富田町大字前田の庄内川以西にあったことに由来する。
『神鳳鈔(じんぽうしょう)』にある尾張国前田とはこの地のことをいう。尾張国における伊勢の神宮領だったということだ。
 土地の歴史は古く、周辺には尾張前田家の菩提寺である前田速念寺(地図)の他、寺社が点在している。

 名もなき小さな社にも歴史あり。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

前田西町の不明社は秋葉社なのか

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