東区の難しいやつ

 二週目の直しは東区の片山八幡神社物部神社(筒井)

 どちらも難しい神社なので、2社やるのが精一杯だった。
 このあたりもずっと気になっていた神社だったので、2019年基準にできてよかった。懸案事項が少しずつ減っていくことに安堵している。
 全部直さないといけないのだけど、特に気になっているのは若宮八幡社と熱田神宮だ。どちらも最初の方だったのでごく簡単に書いただけになっている。この2社は本腰を入れて書き直さないといけない。

 東区の残りはそれほど難しくないので今後はトントンいくのではないかと思う。今週中に終わらせたい。

『東区の歴史』を読み始めた。
 読み物としては面白いけど、神社情報はあまりない。区の歴史シリーズで神社に力を入れているものが少ないのは残念だ。

千種区の直しが終わって東区

 二週目の直しは千種区の豊彦稲荷(揚輝荘内)小社(大久手町)天王社・秋葉社(新西)三十番神社(茶屋ヶ坂)金森明神(赤坂町)

 このあたりはあまり直すところもなくて、読み返して文章を修正するくらいだった。
 2018年の春以降に書いたものは、ほぼ2019年基準といえる。2017年に書いたものは大幅な直しが必要だ。
 千種区はとりあえずこれで完了とする。

 続いて東区に入った。
 二週目の直しは片山神社
 片山神社については式内社かどうかという問題があるのだけど、それはそれとして、あの独特の雰囲気を紹介したいし、そこがあの神社の本質といえるんじゃないかと思っている。
 片山神社の雰囲気に匹敵するところは、緑区の齋山稲荷社くらいしかなかった。どちらも古い歴史が積み重なった土地に建っているので、神社が持つ力というよりも土地が積み重ねてきた歴史の重みというかすごみに私が反応しているのかもしれない。

まだまだ認識不足

 二週目の直しは千種区の素盞男社(松軒)八幡社(吹上)千代ヶ丘椿神社三喜神社

 八幡社(吹上)は認識不足の部分があったので、ある程度加筆訂正した。
 考えてみると應神天皇と尾張はゆかりが深いから、単に八幡神というだけでなく應神天皇との関わりでもう少し考えていく必要がある。皇后を出している仁徳天皇が生まれているのだから、それが尾張に影響を与えなかったはずがない。その認識がこれまで抜け落ちていた。

 三喜神社のような教派神道の神社ももっと回りたかったのだけど、これは案外少ない。一般向けの神社というスタイルになっているのはごくわずかだ。
 三喜神社を書くときに勉強になったことが多かったから、今後とも機会を見つけて知識を深めていきたい。

『天白区の歴史』の続編、『続天白区の歴史』も図書館で借りて読んでみた。
 神社に関する情報であらたなものはほとんどなかったものの、それ以外の部分でなかなか面白かった。
 天白区の神社の直しは一応終わっているのだけど、全体にもう少し修正が必要だ。
 三週目の直しがあることがだんだん明確になってきた。

2年間の積み重ね

 二週目の直しは千種区の山神社(田代町)上野天満宮別宮丸山神明社愛宕神社(北千種)

 このあたりは2018年に入ってから書いたページで、それほどややこしい神社ではないので一気に4社直せた。
 千種区もまあまあいいペースで来ているので、今週末で終わらせよう。

 あらためて自分の書いたものを読み返して思う、よくもこんなに書いたもんだと。
 2年間の歳月は短くなく、積み重ねるとけっこうな量になるものだ。
 5年、10年と重ねていけばちょっとしたものになるかもしれない。

やれるときはやる

 二週目の直しは、千種区の八坂社西八幡社(蝮ヶ池)龍神社・辨天社(蝮ヶ池)御嶽神社(自由が丘)千代保稲荷神社名古屋支所

 おととい、昨日と休んだので、今日は立て直した。
 これくらいのペースで進めていければわりとすぐに終わるのだけど、そう簡単にいはいかない。
 順調にいけば、今週末で千種区は終わらせられるかもしれない。
 やれないときは仕方がないから、やれるときにしっかりやろう。

気持ちの問題

 昨日に続いて更新は休み。
 時間不足は言い訳にならない。気持ちの問題。
 といっても気持ちが切れたわけではないので、明日から立て直していきたい。
 このまま千種区の直しを続けていって、来週中には終わらせられるのではないかと思う。その次は東区だ。

お話を伺うこと

 今日は更新はお休み。
 神社についてお話しいただけるということで伺ってきた。
 やはり内部の方でないと知り得ないことがたくさんあることを再認識した。
 とても有意義なお話だったので、サイト作りに反映させていければと思っている。
 今後もこういう機会を増やしていって、内容の肉付けをしたいと考えている。

どの神社も最初が分からない

 二週目の直しは、千種区の名古屋晴明神社蝮ヶ池八幡宮

 晴明神社創建の1778年というのは妥当な線だと思うのだけど、安倍晴明伝説については本当ではないだろう。ただ、安倍晴明が間接的にでも何らかの形で関わっている可能性はある。子孫が住んでいたとかそういう話ではないかと思う。それならあり得ることだし、安倍晴明が住んでいたという話とも結びつきやすい。
 ただ、興味深いエピソードのわりに江戸期の書に書かれていないというのは気になる。そんな話が伝わっていれば、『尾張志』や『尾張名所図会』あたりに書かれていてもよさそうなものだ。江戸時代の個人の日記などに書かれていたりするだろうか。

 蝮ヶ池八幡宮については最初に書いたときから新たに得られた情報はほとんどなく、創建の地と遷座のいきさつが不明なままだ。西八幡社の由緒書きが混乱を招いている。

『千種区の歴史』は神社についての情報が少なくてこのサイトを書く上ではあまり役に立たないのだけど、千種区の歴史をあらためて振り返るのには役立ってくれる。示唆に富んだ記述もあって、なかなか勉強になる。
 こういう区レベルのローカルな歴史というのも面白いものだ。

簡単な区なんてない

 二週目の直しは千種区の高牟神社(今池)

 書き直さないといけないとずっと気になっていた神社のひとつで、ようやく直せたので心の引っかかりがひとつ取れた。
 一度解体して、もう一度組み立て直す必要があったので、結局、最初から書き直した。
 現状、これ以上書くことはないところまで書いたので、2019年基準ということにしておく。一年、二年後にもう一度書き直すこともあるかもしれない。それならそれで自分が成長した証なので喜びたい。

 簡単な区など結局ひとつもないわけで、どこの区の神社も難しい。千種区はけっこう楽じゃないかと思っていたけど大間違いだった。
 物部神社も続けて直してしまおうと思ったら、あれは東区になるのか。
 間を開けた方がいいのか開けない方がいいのか。高牟神社と重なる部分が多いのでまとめて直してしまった方がいいかもしれない。

根気よく

 二週目の直しは千種区の城山八幡宮

 これも最初の頃書いたものだったので、全面的な直しが必要だった。合祀と遷座の経緯が今ひとつ理解できていなかったのだけど、今回ようやく理解できた。本文に書いた流れで合っていると思う。
 ただ、白山社の合祀のタイミングについてはちょっと確信が持てていない。八幡社の旧地の段階で合祀したのか、八幡社が現在地に遷座したときに合祀したのか。『愛知縣神社名鑑』と神社公式サイトで説明が違っていてどちらが正しいのか判断がつかない。
 あらためて思ったのは、ここは織田信勝の無念が眠る場所だということだ。今はもう恨みっこなしで水に流せただろうか。

 千種区の前半部分は直しに時間も手間もかかるのでとんとん拍子にはいかない。一日一社でも仕方がない。根気よくやっていくしかない。

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