全体を把握できた

 今日の1ページは緑区大高町中川の竜宮社
 浦嶋子伝説は追求してみると面白いネタだと思う。いろいろなところにつながりそうだし、思っている以上に重要な人物かもしれない。
 浦嶋子と住吉大社も関係がありそうだけど、そもそも住吉大社自体が謎の多い神社なので追いかけると深みにはまりそうだ。
 またどこか別の神社で絡むようなことがあればそのときあらためて考えてみたい。

 緑区の登録社数が19社になった。緑区はまだ半分もいってないと思うけど、ある程度全体像が見えてきた。名古屋市内の主だった神社はだいたい把握したので、比較して特徴を書けるところまで来た。何か特徴のある神社があれば、こういう神社は名古屋市内には他にないと断定的に言うことができる。
 本当の完成はまだ遠いし、そのときは来ないのかもしれないけど、一応の目処は立った。ほぼ完成というのが近づいてきている。
 このまま緑区を最後まで終わらせてしまいたい。

スポンサーリンク

混ぜる必要はない

 今日の1ページは緑区大高町小坂の若宮稲荷
 ディープなスモール稲荷ワールド。
 これの御嶽版もある。

 神道に修験や民間信仰が絡むと、良くも悪くも深みを増すことになり、歪んでしまったりすることがある。
 明治政府が神仏分離を進めたのは理解できなくはなくて、江戸時代までにあまりにもごった煮状態になって収拾がつかなくなっていたのだろう。
 神仏習合を日本人の信仰の本質だという考え方があるけど、私は必ずしもそうだとは思っていない。神道と仏教がそれぞれ独立して共存すればいいだけで、何も混じり合う必要はない。キリスト教や他の宗教も日本人は受け入れているし、それらを混ぜる必要はないのと同じだ。
 八百万の神で何でもありでいいじゃないかといえばそうなのだけど、それでもやはり節度みたいなものは必要だ。民間信仰も新興宗教もなんでもありとなってしまうと、あまりにもとりとめがない。

 いずれにしても、神社と名の付くところがすべて清浄で良い場所とは限らないということは知っておいた方がよさそうだ。
 触らぬ神に祟りなしという言葉はその通りで、下手に触るとよくない。600社以上も回っている私は触りすぎて相当危ういかもしれない。

スポンサーリンク

江戸時代感のある神社

 今日の1ページは緑区大高町北大高畑の津島社
 元天王社の津島社としては規模の大きな神社で、名古屋市内の津島社でこれほどのものはあまりない。
 天王と天神と並べて守護神とするのはありそうで意外とない組み合わせで、けっこういいんじゃないか。
 菅原道真は祟る神として早くから天神と結びついていたのだけど、天神社が道真を祀る天満になったのは江戸時代に入ってからで、それも中期以降ではないかと思う。
 特定の神というよりも漠然と天神として祀っていたところもあっただろう。

 江戸時代感のある神社がたまにあって、ここもそのうちのひとつだ。
 江戸時代感とは何かを説明するのは難しいのだけど、時代劇の撮影ができそうといえばなんとなくイメージしてもらえるだろうか。
 個人的に最も江戸時代感を感じたのが東京の根津神社で、実際時代劇の撮影地としてよく使われている。
 名古屋市内にはそのまま時代劇の舞台になりそうな神社はほとんどない。江戸時代感を持つ神社がもう少しあってもよかった。

スポンサーリンク

神社の千年

 今日の1ページは緑区大高町町屋川の八幡社
 大高城にあった城山八幡社とセットだったのに、時代の移り変わりの中で大きな差が開いた。
 式内社ですらすべてがそのまま現代まで続いたわけではなく、廃絶したものも少なくない。
 もともとはあぜ道の小さな祠だったのが立派な村社になった例もたくさんある。
 栄枯盛衰といえばそれまでなのだけど、神社の命運も読めないものだっただろう。
 平安時代以前創建の神社が千年先のことまで考えていたかどうか。
 長い地球の歴史の中で千年などごく短い時間に過ぎないとはいえ、人の一生を単位として考えると千年はけっこうな長さだ。この先の千年のことを想像するのは難しい。
 千年先の日本人も、この神社は式内社だからなんてことを話してるのだろうか。

物語のある神社

 今日の1ページは緑区大高町の城山八幡社
 ここはずいぶん前に一度訪れたことがあるところなのだけど、そのときは神社にはさして興味もなく、大高城の跡を見ることが目的だったから神社の印象は残っていなかった。今回の再訪で大高城跡の風景ははっきり思い出したけど、神社は初めて見るようだった。実際、神社で参拝してなかった可能性もある。
 以前訪れたときも、芭蕉のつわものどもが夢の跡の句が頭に浮かんだ。そこからの連想で思いがけず歴史上の人物たちがつながったことに自分でも少し驚いた。因縁という因果は巡るものらしい。
 同時に勧請されたらしい町屋川の八幡社については特にエピソードらしいエピソードは伝わっていない。
 城跡とか、遊廓の跡とか、歴史上の人物の屋敷跡とか、そういった跡地にはドラマがあり、想像をかき立てる要素が多い。跡地にまつわる神社に惹かれるし、物語を見つけて書くのも好きだ。
 このサイトが完成するまでにそんな物語にあといくつ出会えるだろう。

対象年齢は小学校高学年以上

 新規追加は今日は休み。

 神社関連用語解説の説明を書き始めた。
 ウィキペディアやコトバンクの内容をそのまま写すのでは能がないので、もう少しかみ砕いて理解しやすいように簡単な文章で書きたい。
 用語解説が読み物として面白ければそれに越したことはないし、このサイトの対象年齢は小学校高学年以上なので、難しい文章では駄目だと思っている。
 一気にはできないので、時間を見つけてちょこちょこ書き足していきたい。

尾張ファミリーにおけるタケイナダネの立ち位置

 今日の1ページは緑区大高町石神の石神白龍大王社
 火上山一帯はディープエリアで、解くべき謎は多いのだけど、あまり触れない方がいいような感じもある。近づきすぎると身を危うくしかねない。

 尾張氏の謎解きはミヤズヒメがひとつ鍵を握っているのだけど、存在感があまりないタケイナダネもキーパーソンのひとりだ。
 尾張氏は海人族というのはよく言われることで、その中でもタケイナダネは水軍と縁が深い。それはどういうことだったのか。
 オトヨとマシキトベは夫婦で、その子供がタケイナダネとミヤズヒメという物語はどこまで信じていいものなのだろう。もしそれが事実ではないとしたら、何故そういう設定にしたのか。
 タケイナダネの痕跡は三河や知多に色濃く、名古屋市内は薄い。熱田神宮で祀られているのも、ファミリーの一員として祀られているだけで、熱田社の縁起の中でもほとんど関わってこない。
 タケイナダネ問題もまだまだ追求していかなければいけないテーマのひとつだ。

神社ジャーナリストを名乗るには

 今日の1ページは緑区大高町東古根の秋葉社
 御札がなければ何の神を祀る社かまったく分からなかったけど、御札が外に出ていたから分かった。
 あの場所に社が祀られるようになった経緯はよく分からないのだけど、皇紀二千六百年の石柱があることが余計に分からなくさせている。
 このお宅のドアをノックして、突然すみません、神社を調べている者ですが、この社についてご存じのことを教えていただけるでしょうかとするべきなのか?
 それができないうちは神社ジャーナリストは名乗れない。

 緑区を再開する。
 このまま一気に終わらせたい思いもあるのだけど、緑区はなかなか手強くてそう簡単にはいかない。

 熱田区完了と宣言したらまだ行っていないところが5社もあることを教えていただいた。
 がっかりではなく、喜ばしいことで、そういう情報をいただけるのは本当にありがたいことだ。
 そちらも近いうちに回って、本当の完了を目指す。

成海神社の例大祭に行ってきた

 今日の1ページは昭和区御器所3の不明社
 公民館の二階テラスや公民館の中、お宅の庭で一体化しているところや横幅がものすごく狭いところなど、いろいろユニークな神社を見てきたけど、これもそのジャンルに入る社のひとつだ。ガラス張りではなくアクリルなんだろうけど、透明ケースに収まっている社というのは斬新でここしかないと思う。なかなか強いインパクトを残した。

 不明社という名称をなんとかしたいとずっと思っている。小社くらいしか思いつかず、どうしたものだろうか。小社でもいいかと思いつつ、もう少し別の言い方がないものかと探している。何か見つかれば変えたいし、なければ小社とするしかないか。

 今日10月14日、緑区鳴海の成海神社の例大祭(10月の第2土日)に相棒と行ってきた。
 先週の星宮社の本地祭りと同じく、半日以上、どっぷりと祭りの場に浸ってきた。心地のいい時間だった。
 星宮社はかつての村祭りをそのまま現代に持ってきたような祭りなのに対して、成海神社は県社らしい格式の高いご神事という性格のものだ。もちろん、露店が出たり、山車の奉納があったりと祭りらしさもあるのだけど、ご神事が印象に残る例大祭だった。
 成海神社の宮司さんにご挨拶させていただくこともできたし(名古屋神社ガイドも宣伝しておいた)、充実の一日だった。
 また機会があれば別の神社の例祭にも出向いていきたい。

中区もこれで終わりでいいかな

 今日の1ページは中区千代田の不明社
 どんぐりひろばの社は熱田区に多い印象なのだけど、そうとは限らない。中区にもこうしてある。
 何の神を祀った社なのか調べがつかなかった。秋葉社かもしれないし、天王社かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 中区もこれで終わりということにしたい。
 三越や松坂屋の屋上にある稲荷社も登録するならまだということになるのだけど、あれは企業社だから、入れなくてもいいかという気になっている。行く機会があればいいのだけど。

 気がついたらサイトの本文が表示しなくなっていた。
 なんだろう?
 特に何か変更したとかはないのだけど、どこか壊れただろうか。
 今のところ原因は不明。
 テーマを入れ直せば直るかもしれないので、この後試してみよう。

<追記>

 固定ページが表示されなくなった原因はCount Per Dayのアップデートによる不具合だと判明。
 とりあえずCount Per Dayを停止して様子を見る。
 Count Per Dayが直れば再開するし、駄目なら他のカウンターに切り替える。

Scroll Up