八神神社

元は秋葉社だった?

八神神社

読み方 やがみ-じんじゃ
所在地 名古屋市中川区八神町1丁目52 地図
創建年 不明
社格等 不明(無格社・十五等級)
祭神 不明(迦具土神)
 アクセス

・JR東海道本線「尾頭橋駅」から徒歩約30分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 八神神社という名前にちょっと期待していったのだけど、八神は町名だと知ってがっかりしてしまった。
 しかし、八神町だから八神神社ではなく、八神神社があったから八神町になったのだという。
 八神町は昭和35年(1960年)に野立町(のだて)と八熊町(やぐま)の各一部より成立した。
 野立は中野村の野と牛立村(うしだてむら)の立を合わせてつけられた名前だ。
 八熊は五女子村にあった八劔社の八と二女子村にあった熊野社の熊を合わせて名づけられた。
 八神神社があるのはかつてのどの村だったか、ということが問題となる。
 北は五女子村、東は牛立村、西は丸米野村だから、現在の八神町の大部分は中野村だっただろう。ただ、八神神社も中野村だったかというとこれが微妙なところなのだ。
 中野村のようでもあり、五女子村のようでもあり、その境界くらいに位置している。

『尾張志』、『尾張徇行記』、『寛文村々覚書』を見ると、中野村には神明社と八幡社と白山社があり、たびたび水害にあうので村の高台に三社あわせて祀るようにしたとある。それが現在の中野神明社だ。
 この三社以外に中野村の神社は江戸期の書には見当たらない。
 五女子村を見ると、『尾張志』では八劔社のみで、『寛文村々覚書』には神明社しか載っていない。『尾張徇行記』は神明社があり、府志曰(『張州府志』)として八剱祠があると書いている。
 現在の五女子町には八劔社はあるものの神明社はない。
 八神神社がある場所がかつての五女子村だったのなら、もともとは五女子村にあった神明社ということになるだろうか。
 けど、この神社は『愛知縣神社名鑑』に載っていない。愛知県神社庁に加盟していないということだ。もともと村の中心的神社だった神明社が愛知県神社庁に加盟しないということがあるだろうかという疑問もわく。
 ここがかつての中野村だったとすれば、この神社がいつ建てられ、どんな神を祀っているのかを想像で言い当てるのは難しい。
 明治以降に創建されたものなのか、他から移されてきたという可能性もある。

 八神町が八神神社から来ているとすれば、少なくとも昭和35年以前にこの社名だったことになる。
 八神とは文字通り八柱の神ということを意味しているのか、単純に多いという意味で八とつけたのか。
 八という数字は神道ではよく出てくるもので、その意味や用途は幅広い。八劔神社の八も実際のところよく分からない。八所神社などもある。
 神明鳥居と神明造だからといって神明社系とは限らない。名古屋の神社、特に戦後に再建されたものは古くからの様式にのっとっていない神社が多いので当てにはならない。
 八神神社本社は千木が内削で鰹木五本となっている。
 一般的に内削は女神で、鰹木が奇数(陽数)なら男神を祀るとされる。
 例外は伊勢の神宮(web)の外宮なのだけど、ここがそれに合わせているとは考えにくい。
 名古屋の場合は、明治になって熱田神宮(web)が尾張造から神明造に変えてしまったので、それが混乱を招く一因になっている。

 結論を言えば、この神社に関して分かることは社名くらいだということだ。
 本社の左右に小さな社があるけど、それも分からない。
 本社が熱田社で、左右が津島社、秋葉社ということであれば、町内を守る神社として祀ったのが始まりという可能性もあるか。

【追記】2017.12.30

 現住所「中川区八神町1丁目52」の旧住所が「中川区野立町字新落山852番地」ということが分かって、それが『愛知縣神社名鑑』にある秋葉社のことだと判明した。それにはこう書かれている。
「創建は明かではない。明治6年、据置公許となる。昭和4年社殿を改築した」
 けど、ちょっと信じられない部分もある。
『愛知縣神社名鑑』は1992年(平成4年)に発行されたもので、住所変更は昭和35年に行われている。にもかかわらず旧住所と旧社名で載せているということは、かなり古い資料をもとに編集されているということか。
 あと、本殿は板宮造とあるのだけど、現状は神明造だ。中央大きめの社が神明造で、左右の小さな社が板宮造になっている。この中央が秋葉社とはちょっと考えづらい。
 左右のどちらかが秋葉社という可能性は高いだろうけど、中央の本社はそうではない気がする。
 八神町の町名が八神神社から来ているとすれば、八神神社の社名はそれ以前からということだ。いつ秋葉社から八神神社になったのか。そのときやはり合祀が行われたのではないか。
 愛知県神社庁の住所録も旧住所のままになっている。愛知県神社庁の怠慢ではないのか。『愛知縣神社名鑑』もそろそろ改訂版を出すべきと思うのだけど、たぶんその気はないのだろう。高すぎて一般に売れる本ではないし。
 ということで、住所からするともとは秋葉社らしいのだけど、確信が持てないので断言はできないということになる。相変わらず、八神はどこから来ているのかという謎は残ったままだ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

いわくありげな名前だけど正体不明の八神神社

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