伊奴神社

イヌの神社として十二年に一度賑わう

伊奴神社拝殿と参拝者

読み方 いぬ-じんじゃ
所在地 西区稲生町2-12 地図
創建年 673年(飛鳥時代中期)
社格等 式内社・五等級
祭神 建速須佐之男命(スサノオ)
大年神(トシガミ)
伊奴姫神(イヌヒメ)
アクセス

・名古屋市営地下鉄鶴舞線「庄内通駅」から徒歩約18分
・駐車場 あり(無料)

webサイト 伊奴神社公式サイト
オススメ度 **

 天武天皇時代の673年、稲生村(いのうむら)で穫れた稲を皇室に献上することになり、その際に社殿を建てたのが始まりとされる。

 このあたりは稲作が盛んなところで、すぐ北を流れる庄内川がたびたび氾濫して被害に遭って困っていた。
 ある日、旅の途中でこの地に立ち寄った山伏を村人が泊めてあげたところ、お礼にと御幣(ごへい)を立てて川を鎮めるためのお祈りをしてくれた(御幣とは神主がお祓いとかで振っている白い紙(紙垂/しで))を木や竹に挟んで立てかける祭祀のこと)。
 するとそれ以来、洪水はぴたりとやんで村人たちは喜んだ。それで御幣のことが気になって中を開けて見たところ、そこには犬の絵と犬の王という文字が書かれていた。
 しかし、決して開けてはいけないと言われていたため、次の年はまたも洪水に見舞われてしまうことになる。
 村人たちは悔い、もう一度山伏が来たときにお願いしたところ、御幣を埋めて社殿を建てるようにと言われてその通りにしたのが伊奴神社の始まりだった。
 というお話もある。

 祭神の伊奴姫神(イヌヒメ)は大年神の娘とされる。トシガミは年末に迎えて正月を家で過ごしてもうあの神様だ。
 トシガミはスサノオの息子とされているので一緒にスサノオを祀ったのだろう。
 本来の祭神はイヌヒメだっただろうか。農耕の神とされ、神社の名前はそこから来ていると考えられる。
 あるいは、稲生村は古くは伊奴村だったという説があり、その場合、神社の名前は土地から来ていることになる。

 神社の表記として、「伊奴」と「伊努」が混在している。
『延喜式神名帳』には伊奴とあり、『尾張国神名帳』では伊努になっている。奴と努では意味が違うと思うのだけど、どちらも読み方は「イヌ」だ。
 伊努神社となると出雲にも同名の神社がある。そこでは赤衾伊努意保須美比古佐倭気命(あかぶすまいぬおおすみひこさわけのみこと)という出雲の神を祀っている。
 祭神についてもいろいろ混乱があるようで、はっきりしていない。
 江戸時代には熊野権現などと呼ばれていたという。

 住宅地の中にこっそりと収まる小さな森の中の神社という風情だ。
 境内には樹齢800年の椎の木などがあり、名古屋市緑地保全地区に指定されている 
 犬は安産ということで、それにあやかろうと安産祈願に訪れる人も多い。
 12年に一度、戌年の年は県内外から大勢の参拝客がやってきて、小さな神社の周りを取り囲む。
 戌年生まれの人が犬を連れて訪れたりもするらしい(たぶん境内は犬立ち入り禁止)。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

残り4ヶ月だけど戌年のうちに伊奴神社で参拝を

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