八所社

八所明神さん、あなたは誰ですか?

八所社

読み方 はっしょ-しゃ
所在地 名古屋市中村区八社1-234 地図
創建年 不明
社格等  十五等級
祭神

天神七代(てんじんしちだい)
日本武尊(やまとたけるのみこと)

アクセス

・地下鉄東山線「岩塚駅」から徒歩約33分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 入り口の社号標には八社大明神とある。
 神社庁への登録は、八所社になっている。このあたりの八社という町名はこの神社から来ているもので、町名から神社名が名付けられているわけではない。
 六所社や七所社は知っていたけど八所社もあるとは知らなかった。もしかしたら私が知らないだけで五所社も九所社もあるのかもしれない。十二所神社は聞いたことがある。名古屋市にもあったんだったかなかったんだったか。

 八社、八所の八が何を意味しているのかが分からない。
 現在の祭神は天神七代(てんじんしちだい)になっているけど、後付けのような気がする。
 天神七代は神世七代(かみのよななよ)と言う方が馴染み深いだろうか。
『古事記』では、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、豊雲野神(とよぐもぬのかみ)、宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)、角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)、意富斗能地神(おおとのじのかみ)・ 大斗乃弁神(おおとのべのかみ)、淤母陀琉神(おもだるのかみ) ・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)となっている。
『日本書紀』では
国常立尊(くにのとこたちのみこと)、国狭槌尊(くにのさつちのみこと)、豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)、泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)、大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)、面足尊 (おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと)、伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと)となっている。
 神社名は八社なのに天神七代では一社足りない。ヤマトタケル(日本武尊)を応援に呼んで数を合わせたわけでもあるまい。

 八所大明神と称しているからにはそもそも祭神は八所明神なのだろう。でも、八所明神とはどういう神かというとそれも分からない。
 昭和区にある御器所八幡宮は江戸時代、八所明神と称していたとされる。
 そのときも調べてみたのだけどよく分からなかった。
 御器所八幡宮では五男三女神を当てている。それも苦し紛れにように感じる。
 八所明神は熱田大明神のことという説があるらしい。御器所八幡宮は熱田神宮の鬼門の守護として創建されたとも伝わる古い神社だ。
 古代、熱田神宮に納める神祭土器を作っていたことから御器所(ごきそ)と名付けられたとされる。
 つまり、御器所は熱田神宮との関係が深いということだ。
 もし、八所大明神が熱田大明神のことであるとすれば、なんとなく辻褄が合う。
 本社にヤマトタケルが合祀されている他、境内社に劔社がある。これは熱田の別宮・八剣宮に関係する社だろう。

 愛知県小牧市にも八所社があり、『延喜式』の神名帳にある乎江神社の論社のひとつとされている。
 この八所社は創建不明としているけど、案外古い神社かもしれない。
 古さの証になるかどうかは分からないけど、社殿の建築様式が古い。
 妻入りの舞殿型拝殿と本殿が分離していて、本殿は堂のようなものに収まっていて、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)になっているようだ。
 その堂は瓦葺き屋根付きの垣で囲まれている。
 他では見たことがない様式だ。なんと呼ぶのだろう。

 境内全体は不思議な晒され感がある。囲われていない広場の中の中途半端な位置に鳥居や社殿が東向きに配置されている。かつてはどんな姿をした神社だったのか、上手く想像できない。
 境内の空気感に古式ゆかしさみたいなものは感じられない。けど、新しいかというとそうとも言えない。
 うーん、なんだろうな、ここ、としばらく佇んで考えてしまった。
 名前の由来といい、祭神といい、創建についてのいきさつといい、社殿の様式といい、よく分からない神社だ。よく分からないというより分かっていることがほとんどないと言った方がいいかもしれない。
『尾張殉行記』には1657年に再建された記録があり、古くから岩塚下小路の守護神だったとある。
『寛文村々覚書』の岩塚村の神社の中の大明神とあるのがここだろう。
 手がかりはこれだけということで、私の調査はここで手詰まりとなった。たとえ八所明神の正体が分かったとしても、八所社についてこれ以上知ることは難しそうだ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

不思議だけど印象に残らない中村区の八所社

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