猪子石神明社

猪子石の氏神様は香流川の歴史を伝える

猪子石神明社

読み方 いのこいし-しんめいしゃ
所在地 名古屋市名東区神月町602番地 地図
創建年 伝834-848年(平安時代前期)または1308年-1318年(鎌倉時代後期)以前
社格等 村社・九等級
祭神

天照大神(あまてらすおおみかみ)
豊受姫神(とようけひめのかみ)

アクセス

・名古屋市営地下鉄東山線「上社駅」から徒歩約51分
・名鉄瀬戸線「喜多山駅」から徒歩47分
・市バス/名鉄バス「猪子石原停留所」から徒歩約7分
・駐車場 あり(無料)

webサイト 公式サイト
オススメ度

 名東区猪子石の氏神様。
 猪子石の正式な読み方は「いのこいし」なのだけど、地元ではだいたい「いのこし」と呼ぶ。地名の由来とされるふたつの石があり、それはまた猪子石神社や大石神社のところで紹介したいと思う。
 猪子石にある神明社なので、他と区別するため便宜的に猪子石神明社と呼ぶ。同じ名東区内にもうひとつ、藤森神明社がある。

 猪子石神明社の創建は、一説によると承和年間(834年-848年)という。平安時代前期だ。
 また別の説では、鎌倉時代後期の花園天皇時代(在位1308年-1318年)以前にはあったとする。
 花園天皇が猿投山(さなげやま/地図)に巡幸した際、香流川の水を汲んで、この神社で休憩したという伝承がある。当時神社があったところの水汲坂の地名はそこから来ているともいう。
 地名としての水汲坂はなくなってしまったものの、水汲坂公園(地図)などが名前が残る。猪子石神社があるのもそのあたりだ。
 その後、江戸時代前期の1622年に現在地(上八反田)に遷座したという説と、もっとあとの1773年に村人の総意で移されたという説がある。
 いずれにしても、香流川の氾濫から逃れるためというのがその理由のようだ。現在、神明社がある場所は香流川の北のやや高台になっている土地だ。

 花園天皇の猿投山巡幸が記録として残っているのかただの言い伝えなのかは分からないのだけど、もともとは神明社ではなく土地神を祀る小さな神社だったと考えた方がよさそうだ。神明社になったのは江戸時代になってからだろう。
『尾張名所図会』には猪子石の地名の由来と猪子石村の絵が載せられている。
 画面中央をかなれ川が流れ、手前の道には馬に荷を背負わせた人が歩き、川のほとりに牡石が描かれている。
 川向こうに猪子石村があり、牝石は小山の山頂に祀られるようにして置かれている。
 その向こうはちょっとした山並みのように描かれているのだけど、蓬莱谷(よもぎだに)とある。そのふもとに、観音(堂)と八劔宮が並んで描かれている。
 どこから見た図なのかちょっと分からないのだけど、八劔宮は現在の蓬来小学校(よもぎしょう/地図)のあたりにあったそうだから、香流川の北から南方向を向いて描いた絵だろうか。だとすれば、蓬莱谷は平和公園あたりの丘陵地帯ということになるのかどうか。猪子石も宅地造成で野山を大きく削ってしまったというから、江戸時代までは蓬莱谷と呼ばれるところがあったのかもしれない。
 ふたつの石がもともとどこにあったのか、その位置関係をこの絵から知ることができる。
『尾張志』には、八劔社が一番最初に大きく採りあげられ、「猪子石村にあり日本武尊を祭るといへり」とある。
 八劔社は熱田神社の八劔社から勧請したのだろうし、蓬莱といえば熱田神社は古来蓬莱島と呼ばれていたから、蓬莱谷もそこから名付けられたと考えていい。
 蓬莱は、秦の始皇帝から不老不死の霊薬を持ってくるよう命じられた徐福(じょふく)が日本に渡ってきたという伝説にちなんでいる。三河の鳳来寺山(ほうらいじさん/地図)もそのひとつという説がある。
 神明社の扱いは小さく、「天照大神、豊受大神を祀る 境内に鍬神社あり、当村の本居神なり」と書かれている。
 この鍬神社というのは岐阜県などに多くある御鍬神社(おくわじんじゃ)と同等のものかどうかはなんとも言えないけど、農耕の神には違いなく、神明社以前にあったのはこの神社なのだろう。
 アマテラスと一緒にトヨウケビメが祀られているのは、神明社にしたときに、この鍬神社の祭神を同じ農業、食物の神ということでトヨウケビメにしてしまったということではないか。
 村内に山神社が他に二社あったようだけど、合祀されたか廃止されたと思われる。
『愛知縣神社名鑑』に、明治40年(1907年)に「字蓬菜洞819番地 無社格・八劔社(日本武尊)を本社の境内神社として合併する」とある。
 神明社は明治5年に村社に列格しているから、こちら側に合祀されたのは自然なことではあった。
 明治39年に勅命で進められた一町村一社を基本とする神社合祀政策によって、この時期に合祀された神社は多い。

  境内社として龍耳社というのがある。明治のはじめに耳がある蛇が捕らえられて、それを祀ったものだという。
 境内にある資料館では、馬の塔(オマント)の馬標(ダシ)や棒の手の武具などが保存展示されている。
 9月の秋分の日に境内で行われる子供相撲や女子の徒競走は、昭和初期から現在まで続いている祭りだ。 

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

名東区に二つの神明社あり

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