神明社(江松1)

新興住宅地の守り神たり得るか

江松1神明社

読み方 しんめい-しゃ(えまつ1)
所在地 名古屋市中川区江松1丁目 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・近鉄名古屋線「伏屋駅」から徒歩約29分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 新川の右岸、堤防下にある神明社。
 江松1丁目は新しい家やアパートが多く、新興住宅地といった感じだ。その一角にこの神社はある。
 1キロほど南の江松5丁目にも神明社地図)があり、そこが江戸時代の江松村の中心神社だった。その後、村社になっている。
 江松1丁目の神明社に関しては調べても分かったことは少ない。愛知県神社庁に加盟しておらず、江戸期の書にもなく、ネットからも情報はほとんど得られない。
 白いコンクリート造の拝殿は真新しく、ここ数年内に建てられたもののようだ。本社を覆う塀も同じように白のコンクリート製で新しい。狛犬も社号標も新しくなっている。
 ただ、木造の本社は古い。鰹木の飾り金具などが取れていたりして傷んでいる。
 立派な拝殿を建てる前に本社の修繕をした方がよかったんじゃないかと思った。拝殿にお金がかかって本社を直す資金が足りなくなったのだろうか。
 外削の千木、鰹木五本は一般的に男神を祀るとされるけど、祭神に合わせて社殿を作っているわけではなさそうだ。

 境内の脇に「名古屋市江松北部土地区画整理組合 完工記念碑」という石碑がある。
 このあたりの土地を区画整理して新しい住宅地にしたのだろう。そのときこの神社はよそから移されたのかもしれない。本社の古び方からすると完全な新築とは思えない。社だけは昔から堤防沿いあたりにあって、それをここに移してきて社殿を建て増したということだろうか。
 江松村は、江戸時代前期の1630年代に干拓で福田新田が作られるまでは海辺の村だった。
 村の中心は海に近い南の方で、北側は民家も少なく田畑くらいしかなかったのではないか。
 江松の中央部を国道1号線が通るようになって事情は変わった。それでも、国道1号線より北側はあまり開発されてなかったのだろう。鉄道駅から遠く、バスの便も悪そうなので、車がないと住むには不便なところだ。
 もともとは北の榎津とあわせて衣那津と呼んでいて、村が二つに分かれて榎津と江松になったのではないかと津田正生は『尾張國地名考』の中で書いている。

 ここ最近建て直された様子を見ると、氏子さんに訊けば何か情報が得られそうな気がするけど、この新興住宅地の中でどれくらいの人たちが氏子になっているだろうか。
 この神社が地域の人たちをつなぐ役割を果たしているといいのだけど。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

全体的に最近一新した様子の江松1丁目神明社

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