津島社(名駅)

町内で守った津島さん

名駅津島社

読み方 つしま-しゃ(めいえき)
所在地 名古屋市中村区名駅5-38-3 地図
創建年 不明
 十五等級
祭神 須佐之男神(すさのおのかみ)
火具土神(ひのかぐつちのかみ)
熱田皇大神(あつたすめおおかみ)
アクセス

・鉄道各種「名古屋駅」から徒歩約14分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋駅前、広小路通の笹島交差点(地図)を東に進んで柳橋交差点(地図)を過ぎて一本目を北に入ったところに、この小さな神社はある。
 津島社のつもりで出向いていくと少し戸惑う。入り口にある社号標の石柱三面にそれぞれ「津島神社」・「秋葉神社」・「熱田神社」と彫られているからだ。
 一体ここは何神社だ? と思う。
 愛知県神社庁への登録は津島社になっているから、津島社には違いない。ただ、熱田の神と秋葉社も一緒に祀っている。そのため、三面社号標ということになったのだろう。
 この組み合わせは名古屋地区に見られる屋根神の典型的なパターンだ。
 尾張の中心的な神社である熱田神宮を真ん中に、左右に津島社と秋葉社を添え、疫病除けと火伏せを願う。
 屋根神というのは文字通り屋根の上に祠を置いて祀るというやり方で、明治期から昭和初期にかけて名古屋を中心に尾張、三河、美濃地方などで流行した。現在でも市内に一部残っている。
 津島社を単独で祀ったり、熱田社の代わりに伊勢の神宮を祀ることもある。
 この津島社はもともと津島社を祀っていたところに熱田社と秋葉社を加えたのかもしれない。

 江戸時代の村でいうと、ここは廣井村になるだろうか。
『尾張志』等でこの神社に相当するようなものは見つけられなかった。
 昭和の町名でいうと、ここは東柳町になる。
 神社の西を南北に走る江川線は、かつての江川の流れだ。道路を作るために暗きょ化され、後に下水道になった。
 柳橋交差点は江川に架かっていた柳橋から来ている。
 広小路通の南には東西を結ぶ柳街道があり、それは街道沿いの柳並木から名付けられたという話もある。
 江川の東が東柳町、西が西柳町と名付けられた。
 かつて江川に沿って市電江川線が走っていたことを覚えている人も少なくなっただろうか。上江川線は昭和46年に、下江川線は昭和49年に廃止となった。
 神社がある名駅5丁目は、大船町、小鳥町、花車町、東柳町、広小路西通、船入町の各一部から成り立っている。こういった風情のある町名がなくなってしまったのは残念だ。
 この津島社は東柳の津島さんとでも呼ばれていたのだろう。

『愛知縣神社名鑑』はこう書いている。
「古くから東柳町内産土神として崇敬あつく明治制度改めにより、廃社となるも、町内にて維持。年毎の祭り絶やすことなく奉仕する。 明治12年、念願叶い復旧公許となった」
 明治の神仏分離令で廃社になったにもかかわらず町内会で守り続け、昭和12年になって再び公許になったらしい。こういうケースもあっただろうけど、あまり多くはないと思う。

 今でこそビルとビルとの間にこそっと挟まったように鎮座する小さな神社ではあるけれど、以前は鎮守の杜を持つもっと大きな神社だったという。
 それでも手入れは行き届いていて気持ちがいい。参拝に立ち寄る人の姿も見た。町内で守るというのは今も続いているのだろう。
 そういう存在の神社は、たまたま立ち寄っただけのよそ者の心もほっこりさせてくれる。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

小さなくなっても名駅前で頑張る津島社

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