最上稲荷(清水)

最上稲荷はまったく知らなかった

清水最上稲荷

読み方 さいじょう-いなり(しみず)
所在地 名古屋市北区5丁目20 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
 アクセス

・地下鉄名城線「志賀本通駅」から徒歩約15分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 旧木曾街道の清水にある謎の神社。外観は稲荷社のようだけど、どうやらそうではなさそうだ。鳥居の額に「最上位経王大菩薩」とあるから神社ではなく寺系統なのかとも思ったのだけど、鳥居があるから神社なのだろうと思い直す。訪れたときはどういうたぐいのものなのか分からなかった。

「もがみいけいおうだいぼさつ」と読んでいたら違った。「さいじょうい-きょうおう-だいぼさつ」と読むそうだ。
 岡山県岡山市にある最上稲荷山妙教寺(web)を総本山とする系統のもののようだ。伏見稲荷大社(web)、豊川稲荷(web)と並んで日本三大稲荷の一つとされることもあるというから、西日本ではお馴染みなのだろう(もうひとつは佐賀県の祐徳稲荷神社(web)とされることが多い)。岡山市内では初詣客が一番多いというのだけど、名古屋近辺ではまったく馴染みがない。私は今回、初めて知った。
 地元では高松稲荷と呼ばれているらしい。

 稲荷とはいっても妙教寺だからお寺なんだと思ったらそうとも言い切れないようで、非常に例外的なことなのだけど、明治の神仏分離令を合法的に逃れた神仏習合の寺なんだとか。
 創建は奈良時代までさかのぼる。752年、孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて報恩大師が吉備山で祈祷して最上位経王大菩薩を感得したことで天皇の病気が治ったことに始まるという。
 平安時代には桓武天皇の病気も治したことで、天皇の祈願所として龍王山神宮寺が建てられた。これが妙教寺の前身とされる。
 戦国時代、秀吉の中国進攻によって兵火で焼けるも、江戸時代に入って花房職之が再興した。その際、天台宗から日蓮宗に改宗している。
 明治の神仏分離、廃仏毀釈を逃れたことで神仏習合の様式が残ることになった。鳥居があるのもそのひとつで、神宮様式の本殿(霊光殿)も備えている。
 久遠実成本師釈迦牟尼仏の本尊の他に、祈祷本尊である最上位経王大菩薩がある。最上位のお経である法華経の女神様だ。
 白狐にまたがる天女で、右手に鎌、左肩に稲束を背負っている姿は稲荷神である荼枳尼天(だきにてん)と同じ特徴を持つことから稲荷神とされた。
 
八大龍王や三面大黒天など77の眷属(けんぞく)を従えているとされる。
 第二次大戦後の昭和29年(1954年)に最上稲荷教総本山妙教寺として独立。しかし、平成21年(2009年)に日蓮宗に復帰した。

 最上稲荷系統の神社(寺)の全国的な分布がどうなっているのかは分からないのだけど、名古屋ではまったく浸透してないと思う。寺の中で祀っているところはあるのかもしれないけど、こうして独立しているところはここ以外に知らない。私が知らないだけだろうか。
 清水の最上稲荷に関してはまったく情報がないため、いつ誰がここに建てたのかも分からない。
 ただ、こうしてあってくれたおかげで、最上稲荷について多少なりとも知ることができたのはよかった。もし岡山を訪れることがあれば、本家を訪ねたい。
 そういえば参拝で柏手を打ったのは間違いだったか。事情をよく知らない人が私と同じように神社と思って参拝してるんじゃないかと思う。

 境内にある石碑には「秋山自雲霊神」と彫られている。
 東京の浅草にある日蓮宗の本性寺の境内神で、痔に霊験あらたかな神様だという。
 江戸時代中期、酒問屋岡田孫右衛門の手代・善兵衛は痔に7年も苦しめられ1744年に死去したのだけど、自分は死んだ後に霊神となって人々を痔から救うと誓いを立て、それが本性寺に祀られたのが始まりだそうだ。
 最上稲荷も日蓮宗なので、その関係で清水の最上稲荷でも祀られることになったのだろう。
 南無妙法蓮華経の石碑も境内にある。

 神社ガイドに収録するかどうか迷ったのだけど、半分神社のようなものだから入れておくことにした。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

岡山では有名な最上稲荷山妙教寺系列の清水最上稲荷

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