御嶽神社(平針)

「みたけ」ではなく「おんたけ」神社

平針御嶽神社

読み方 おんたけ-じんじゃ(ひらばり)
所在地 名古屋市天白区平針5丁目 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・地下鉄鶴舞線「原駅」から徒歩約10分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 地下鉄の平針駅と原駅の間の旧道沿いにある御嶽神社。
 ネット情報では「みたけ-じんじゃ」としているものがあるけど、ここは「おんたけ-じんじゃ」だ。同じ字なので紛らわしい。
「みたけ」神社の場合は、奈良県吉野山の金峯山寺蔵王堂(web)を総本社とする系統の神社で、「おんたけ」神社は木曾御嶽教系列の神社ということになる。
 どちらも元々は蔵王権現信仰の修験から発したもので、途中で枝分かれして別ものになった。
 明治の神仏分離令によって蔵王権現を祀っていた神社は金峰神社(金峯神社)、蔵王神社、御嶽神社などと改称した。

 平針御嶽神社はお堂のような姿をしているので、最初ここではないと思って通り過ぎそうになった。近づいてみると御嶽神社と彫られた社号標があったので、ここがそうなんだと分かった。
 左右に不動明王の石仏がある。左側が刀を持つ不動明王像で、右は弓を射る姿をしている。
 不動明王は木曾御嶽神社にとって重要な鍵を握っている。
 吉野の金峯山の御嶽神社なら蔵王権現像が置かれているだろう。
 それと、「四国西国秩父坂東霊場順拝供養塔」と彫られた石柱があり、そこに御嶽教の「山丸三マーク」が彫られている。お堂(本殿)の中をのぞくと、陶器(瓶子)などにも同じマークがあるから、木曽御嶽の「おんたけ」神社でまちがいなさそうだ。
 山丸三マークの山は御嶽山、丸は宇宙を、三本線の真ん中は大日如来、上は不動明王、下は摩利支天をそれぞれ表しているとされる。
 百草丸が同じマークを使っているのは、御嶽山の修験者たちが薬草の知識を村人たちに伝えたことが始まりだからだ。

 平針御嶽神社の前の通りは、姫街道とも呼ばれた平針街道の名残だ。
 名古屋城(web)築城中の1612年、徳川家康が自身の住む駿府城と名古屋城をつなぐ近道として開いた脇街道で、ここより400メートルほど北にあった郷の島という集落を平針平子山に移させて宿場町を開くように命じ、平針宿が誕生した。
 そのときの中心人物は、桶狭間の戦いで今川方についてその後浪人となっていた村瀬氏だったという。
 飯田街道との交差点ということもあり、通りは大変賑わったようだ。本陣だけでなく脇本陣もあった。
 ちなにに現在の天白区は江戸時代、平針村、植田村、野並村、嶋田村があり、植田村は伝馬除地、野並村は熱田神領、嶋田村と平針村は尾張藩領だった。
 その後、平針街道は人通りが少なくなり、平針宿も寂れていったという。

 平針御嶽神社に関しては史料にも載っておらず、詳しいことは分からない。旧街道沿いということで、建てられたのは江戸時代だろうと思う。御嶽講の人たちが建てたんじゃないだろうか。
 江戸期の書の平針村の項を見ると神社についてはこう書かれている。

『寛文村々覚書』
「社弐ヶ所 内 天神 八幡 当村祢宜 与右衛門持分 社内二町歩 前々除」

『尾張志』
「八幡ノ社 山ノ神ノ社 二社とも平針村にあり」

『尾張徇行記』
「社二区、覚書ニ此内天神八幡社内二町前々除トアリ 庄屋書上ニ、針名天神祠境内八反外ニ五畝十歩屋敷御除地、八幡祠境内一町反御除地外ニ田畠三畝十歩村除、山神祠境内一畝御除地、此三祠共ニ慶長十七年ノ勧請也、祠官ハ村瀬大和守 府志曰、平針天神在平針村、謹按神名式謂針名神祠是也、今村民奉之、未知□何神、本国帳録従三位天神、神祇宝典曰、針名神祠尾治針名連、度会延佳云、針名祠祭神尾治針根連
 八幡祠在同村」

 天神というのが現在の針名神社のことで、針名神社は延喜式神名帳にある愛智郡針名神社のこととされる。
 津田正生などは、平針は山田郡であって愛智郡ではないから平針村の天神は延喜式神名帳の愛智郡針名神社のことではないと言っている。確かにそれは一理ある(津田正生は中川区の烏森天神が愛智郡針名神社だとしている)。
『尾張志』は天神社を延喜式神名帳にある愛智郡針名神社のことだと書いている。
『尾張徇行記』の「此三祠共ニ慶長十七年ノ勧請也」というのは、慶長17年(1612年)に平針村が移されたときに神社も遷座したということを言いたかったのだろう。前々除とあるから1608年の備前検地以前にはあったということだ。
 八幡社は今の平針にはない。明治42年(1909年)に針名神社に合祀された。
 山神社はその後どうなったのか調べがつかなかった。これも針名神社に合祀されたのかもしれない。そうであれば、相殿に祀っている大巳貴命と少彦名神がそれに当たるだろうか。 

 神社がある通りは、現在の飯田街道の裏通りになっていて、格子の構えの「神田かつら」など、旧街道の面影をわずかに残している。
 神社の参拝に訪れた際は、そちらも少し歩いてみることをおすすめしたい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

平針街道の名残を残す通り沿いにある平針御嶽神社

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