白龍神社(柳橋)

名駅の異空間に白龍さんが棲んでいる

白龍神社

読み方 はくりゅう-じんじゃ
所在地 中村区名駅南1丁目8-14 地図
創建年 不明
 八等級
祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)
高龗神(たかおかみのかみ)
アクセス

・鉄道各種「名古屋駅」から徒歩約20分
・駐車場 なし

webサイト  公式webサイト
オススメ度 **

 龍神を祀る奥宮がある一角に渦巻いている空気がエグいことになっている。
 神気というのか、霊気というのか、発しているエネルギーがすごい。
 名古屋駅から歩いて20分のところにある神社とは思えない。大げさに言うと、ここは異空間だ。

 訪れたのは平日の昼過ぎだったにもかかわらず、参拝者が絶えない。年配のおばあちゃんから勤め人、商売人、おばさまグループなど、その顔ぶれは多様だ。なんだ、この人気は、と驚く。
 この日初めて訪れるまで、この神社の存在を私は知らなかった。
 帰ってきて知ったのだけど、商売繁盛の御利益がある神社として、知る人ぞ知る有名な神社なのだという。

 神社の西を南北に走っている江川線は、かつて江川という川が流れていた。
 稲生村(いなぶむら)で庄内川と別れて真っ直ぐ南下し、名古屋城の西を通り、熱田前新田で中川に注いでいた。
 神社の少し北、江川線と広小路通の交差点の柳橋は、江川に架かかっていた橋の名前だ。江川沿いに柳の木が並んでいたことから名付けられたという。
 この白龍神社は、その柳橋近くにあった柳の木の根元に土地神を祀る祠を建てたことに始まる。

 現在の町名、名駅南になる前、ここは内屋敷町だった。古くは国廣井郷と呼ばれ、江戸時代は廣井村に属していただろうか。
 廣井は泥江(ひぢえ)が転じたものというのが『尾張国地名考』津田正生の説だ。泥江縣神社も近い。
 社伝によると、江戸時代初期の1603年、柳橋一帯の村で熱病が流行り、それを鎮めるために江川のほとりに祠を建てて大神を祀ったとしている。
 その頃はまだ龍神という共通認識ではなかったようだ。
 やがて、柳が枯れると、祠をイチョウの木に移すことになった。
 その後、もう一柱の神を祀ることとなり、二柱をあわせて白龍神とされるようになっていったという。

『愛知縣神社名鑑』にはこうある。
「神社の明治維新の際の改革により明治六年一時廃社となったが郷民の崇敬の念あつく、同十一年七月復旧公許となる」
 明治の神仏分離令の後、明治6年にいったんは廃社となったものを、町民たちの希望で明治11年に復活させたということだ。こういう例はあまりないと思う。
 明治期の白龍神社がどの程度の規模だったのかはよく分からない。祠から少しはグレードアップしていただろうか。
 大正期に入ると、江川の西を市電が走るようになり、このあたりもだんだん賑やかになっていった。
 昭和6年には江川は暗きょ化され、その上は道路になった。
 第二次大戦の空襲では焼けずに残り、戦後の昭和24年、戦後の都市計画で江川線や広小路通が拡張されることになり、白龍神社は元の場所から80メートルほど南の現在地に移された。
 その際、御神木のイチョウを切り倒そうとした工事人が怪我をしたり関係者が病気になったりしたため、イチョウはその場に残されることになった。
 その後、昭和34年にイチョウは境内に移植され、今も元気にしている。

 祭神は、須佐之男命(スサノオ)と高龗神(タカオカミ)ということになっている。
 スサノオは明治期に復活させるときの名分として呼ばれたに違いない。
 タカオカミもきっとそういうことだろう。
 龗(おかみ)は龍の古語で、一般的に龍神とされる。
 カグツチを生んだイザナミが火傷を負って死んでしまったことに怒ったイザナギが、十拳剣・天之尾羽張(あめのおはばり)でカグツチを斬り殺したときに剣からしたたり落ちた血から生じた神が高龗だ。
 京都の貴船神社の主祭神として知られている。
 高龗神と闇龗神(クラオカミ)は対の神(同一神とも)とされ、闇は谷間のことで、高は山の上のこととする。
『愛知縣神社名鑑』に「昭和三十七年、津島神社を白龍神社と改称する」とあるから、明治期以降、表向きは津島神社ということになっていたようだ。

 二柱の神を祀る本殿もいいのだけど、やはりこの神社の本体は奥宮の白龍神だろう。ビンビンに強い気を発しつつも威圧的というのではなく、分かりやすく言うとオーラを発しているというようなことだ。
 確実に何かいるだろうここ、と思う。
 それを心地よいと感じるか怖いと感じるかは人によるかもしれない。
 奥宮では白龍王初春姫大神を祀り、中社では白徳明王大神と白遍智徳大神を祀っている。
 白龍王初春姫大神は木曾御嶽山の三の池に祀られている神とのことで、御嶽信仰も関わっているようだ。
 白龍は白蛇にも通じるということで、生卵が供えられている。
 龍神=蛇神=商売繁盛という図式がいつ頃成立したのかはよく分からない。昔、脱皮した蛇の皮を財布に入れておくと金持ちになるという話があったけど、蛇とお金は相性がいいということだろうか。
 商売繁盛の神といえばお稲荷さんだけでなく龍神もそうだというのは、商売人の間では常識的なことなのか。
 名古屋には戦前、多くの白龍神社があったそうだ。現在は、境内社で祀られていることは多くても、独立した白龍神社はそれほど多くない。パッと思いつくところでは、名東区の牧野が池緑地の中に白美龍神社というのがある。北区安井にも白竜社があった。
 名駅の白龍神社から少し南へ行ったところの中区栄にある洲崎神社の中にも白龍神社があって、この白龍神社と関係があるらしい。
 龍神さんは意外と私たちの身近にいて、人知れず我々を守ってくれているのかもしれない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

駅前の白龍神社を名古屋の隠れ名所として推薦したい

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