金山神社

鍛冶、鋳造、金属加工関係の皆さんの御用達

金山神社境内と拝殿

読み方 かなやま-じんじゃ
所在地 名古屋市熱田区金山町1丁目16番地19 地図
創建年 伝・承和年間(834年-847年/平安時代前期)
社格等 村社・十二等級
祭神

金山彦命(かなやまひこのみこと)

金山比売命(かなやまひめのみこと)
天目一筒神(あめのまひとつのかみ)

アクセス

・地下鉄/名鉄/JR「金山駅」から徒歩約7分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

『延喜式神名帳』には載ってないものの、それに匹敵するような古社を思い浮かべて出向いていくと、あれ? と思う。期待が大きすぎると反動で失望も大きくなる。私にとって金山神社はそういう神社だった。さほど期待せずに行くと、なかなか悪くないと感じるかもしれない。
 創建そのものは古く、熱田神宮の修理を担当する鍛冶職、尾崎彦四郎の祖・善光が金山彦命(カナヤマヒコ)を勧請して自宅に祀ったのが始まりとされている。
 おそらくそれは、岐阜県垂井にある美濃国一宮の南宮大社からではなかったかと思う。金属、鍛冶関係の神社の総本社でカナヤマヒコを祀るといえばこの神社だ。
 室町時代前期の応永年中(1394年-1427年)に、尾崎彦四郎が熱田中瀬町に移ることになり、屋敷の跡地に社殿を造営した。実質的な金山神社創建はこのときとした方がいいかもしれない。
 熱田高蔵宮(高座結御子神社)の末社となり、熱田の祠官が祭祀を司った。

 地理的に見ると、熱田台地の南、熱田神宮や断夫山古墳の北に位置している。高座結御子神社周辺では多くの古墳や集落跡が見つかっている(高蔵遺跡)他、金山駅南には古渡町遺跡が、金山駅北には金山北遺跡、金山駅西には7世紀半ばに創建されたとされる尾張元興寺があった。
 このあたりに古くから鍛冶などの職人が集まってきていたようで、断夫山古墳から発掘された鉄製品も金山あたりで製造されたものと考えられている。
 室町時代から江戸時代にかけて刀剣の鍔(つば)が金山鍔が名物となった。
 江戸時代後期になると金物商が軒を連ねるようになり、金山神社はそれらの人々によって大事にされ、発展していくことになる。
 金山といいつつ、金属の金や金山のことではない。お金の金でもなく、もともとは鉄関係の土地であり、神社だった。かつては金山ではなく鉄山明神と呼ばれていたという。
 金山(かなやま)の地名はこの金山神社が由来となっているものの、地名としての歴史はそれほど長くはなく、金山町が誕生したのは昭和9年(1934年)のことだ。
 金山には長らく駅がなかった。鉄道の線路は通っても金山は素通りするだけで、初めて金山駅ができたのは戦中の昭和19年(1944年)のことだ。名古屋鉄道が岐阜と豊橋を結ぶ線の中間駅として金山駅を作った。
 JRと地下鉄の駅ができたのは戦後のことで、それもバラバラに作ったものだから駅が離れていて乗り換えが不便だった。再開発ですべての駅を統合して金山総合駅に生まれ変わったのは平成元年(1989年)のことだ。
 金山神社は明治5年(1872年)に村社に列格。昭和19年(1944年)に社殿を改築している。
 熱田の一番町あたりには軍用機の部品などを作る工場があったため、空襲で多くの被害を出している。熱田神宮も一部が焼けた。
 金山のあたりは少し離れていることもあって空襲の被害は少なかったようだ。金山神社も空襲で焼けたなどの話は伝わっていない。

 祭神の金山彦命(カナヤマヒコ)は、イザナミ(伊弉冉尊)が火の神カグツチ(火之迦具土)を産んで女陰に火傷して苦しんでいるとき、嘔吐物から化身したとされる神だ。鉱山、鍛冶、金属加工などにたずさわる人々の守護神とされてきた。
『古事記』ではカナヤマヒメ(金山毘売)も一緒に産まれたとしている。
 カナヤマヒコを語るには南宮大社を抜きには語れないのだけど、南宮大社はとにかく謎の多い神社で理解するのが難しいこともあって、ここでは触れないこととする。
 南宮大社は、『延喜式神名帳』には「美濃国不破郡 仲山金山彦神社」とある。金山神社の名前はここから来ているとされる。
『愛知縣神社名鑑』では主祭神を金山彦命のみとしているけど、『尾張名所図会』では「金山社」として、天目一命も祀るとしている。
 アメノマヒトツは天目一箇神、天之麻比止都禰命、天之御影命、天戸須久根命など、数多くの別名を持つ神で、鍛冶などに関係するのは間違いないとしても、その正体はよく分からない。
 目一箇(まひとつ)は一つ目のことで、鍛冶が鉄の温度を見るために片目をつぶる姿から来ているとか、火を見すぎて片目を失明することが多かったからなどというのが定説となっている。しかし、あれだけ多くの別名を持つとなると、その存在はそう単純なものではないかもしれない。
『古語拾遺』によると天津彦根命(アマツヒコネ/アマテラスとスサノオの誓約で生まれた神)の子としている。
『日本書紀』の一書ではタカミムスビ(高皇産霊尊)がアメノマヒトツを出雲の神々を祀るための作金者に指名したとする。
『古事記』の岩戸隠れのときに鍛冶をした天津麻羅(アマツマラ)がアメノマヒトツのこととする説もある。
 金山神社でも天津麻羅(天津真浦命)を配神の一柱としている。
 もう一柱の石凝姫命(イシコリドメ)は岩戸隠れの際に八咫鏡(やたのかがみ)を作った神で、こちらも鋳物、鋳造などの神として祀られている。

  11月8日は、ふいご祭りが行われる。
 ふいごは鞴と書き、金属の精錬や加工をする際に空気を送り込む送風器のことだ。製鉄のときに使う大型の鞴(ふいご)のことを踏鞴(たたら)と呼ぶ。
 かつては境内で鍛冶の実演をしていたそうだけど、近年は行われていない。
 鍛冶や鋳物師、金属関連の人々が日々の安全を祈願したり、お礼参りをする祭りとなっている。 

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

ちょっと苦手意識のある金山の街を歩いて少し馴染みになった
金山から尾頭橋へ
南宮大社は謎が多くて魅力的な神社

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