神明社(岩塚)

もう少しだけ光を

岩塚神明社

読み方 しんめい-しゃ(いわつか)
所在地 名古屋市中村区岩塚町字上小路46番地 地図
創建年 不明
社格等  無格社・十五等級
祭神 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
アクセス

・地下鉄東山線「岩塚駅」から徒歩約24分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 岩塚の七所社の少し西にある小さな社。七所社の境内社か境外社かと思ったらそうではないようで、もともと独立した神社だったようだ。
『愛知縣神社名鑑』にはこんなことが書いてある。

「創建は明かではない。享保十九寅年(1734)3月、同村の氏神七所社境内に移し祀るも村内困窮続き加えて悪疫流行した。村民神威を畏怖して寛保二戌年(1742)3月25日、原地に復社された。明治6年、据置公許となる」

 同じような話が岩塚(剣町)の八劔社にも伝わっている。
「伝え聞く享保十九寅年(1734)3月、同氏神七所社境内へ転合するに村内漸々困窮、加え悪疫流行に付、弥々神威に畏怖し尚又寛政二戌年(1790)3月、旧地へ復せりと」(『愛知縣神社名鑑』)

 江戸時代中期の1734年に岩塚村で何らかの事情があって、神明社と八劔社を七所社に遷そうということになったのだろう。しかし、その後、村に悪いことが立て続けに起こって、これは神社を遷したせいかもしれないということになり、それぞれ元の場所に戻したという経緯のようだ。
 ただ、神明社は8年後に戻したのに対して、八劔社を戻すまでに56年経っている。これはそれぞれ別の話と考えた方がいいのかもしれない。

 岩塚の神明社について分かることは少ない。創建年代もよく分からない。少なくとも江戸時代初期には建っていたのだろうけど。
 しかし、今ある場所が元の場所だったとはちょっと考えにくい。七所社に近すぎるからだ。七所社の入り口鳥居から70メートルほどしか離れていないし、七所社もかつてはもっと広大な境内を有していたはずで、そうなるとこの神明社は隣接しているというか飲み込まれてしまう。
 神社の南には名古屋高速の高架線が走り、西側は南北の連絡道路を挟んで庄内川の堤防になっている。
 現在の地形から神明社の元の場所を予測するのは難しい。

 今の神明社があるところは非常に暗い。日陰者神社とでも呼びたくなるような気の毒さだ。
 空き地の中に置き忘れられたように小さな社がぽつんとある。
 めったに訪れる人はいないんじゃないか。生意気だけど、私だけでも訪れてあげてよかったと思ったほどだった。
 誰が管理しているのかは分からないのだけど、せめて七所社を訪れた方はついででいいから寄ってあげて欲しいと思う。
 もう少しだけでも光を当ててあげると復活する神社のような気がする。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

寂しげだけどかすかな体温がある岩塚神明社

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