迦具土社(名駅)

秋葉か愛宕か

名駅迦具土社

読み方 かぐつち-しゃ(めいえき)
所在地 名古屋市中村区名駅2丁目42-5 地図
創建年 不明
 十五等級
祭神 火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)
アクセス

・鉄道各種「名古屋駅」下車、一番出口から徒歩約2分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋駅の表、駅の1番出口から2分ほど歩いた街角に、この小さな神社はある。よくこんなロケーションで生き残ったものだと感心する。
 もともと立派な神社だったとか、古い由緒ある神社とかではない。社名の迦具土社からも分かるように、村を火から守るために建てられた神社だ。
 それは秋葉だったか、愛宕だったか。名古屋は圧倒的に秋葉社が多いのだけど愛宕社もなくはない。秋葉権現なら明治に秋葉社と名を変えているだろうから、迦具土社としたのは元が愛宕権現だったからかもしれない。
 創建は江戸時代より遡ることはないと思われる。「文化六巳年霜月朔日」という銘が刻まれた石柱があるというから、これが創建年だろうか。江戸時代も後期に入った1809年だ。

 名古屋駅周辺が発展するのは昭和12年(1937年)に駅が現在の場所に移転されて以降のことだ。それ以前の名古屋駅は、現在より少し南の笹島交差点(地図)あたりにあった。
 明治19年(1886年)に名古屋駅を建てるとき、このあたり一帯は葦(アシ)が生い茂る湿地帯だったという。
 江戸時代は名古屋城下の外れの田舎の村でしかなかった。
 迦具土社がある場所は江戸時代の村でいうと何村になるのか、ちょっと分からない。栄村なのか、中野高畑村なのか、違う村なのか。
 江戸時代の『尾張徇行記』や『尾張志』などに当たってみたのだけど、それらしい神社は見つけられなかった。探す場所を間違えているのか、小さな神社で載っていないのか。
 神社周辺にはいくつかの寺があるから、寺町エリアだったのかもしれない。秋葉権現もしくは愛宕権現もその中の寺に入っていたか、一体化していた可能性がある。
『愛知縣神社名鑑』にも文化六巳年の石柱のことと、明治6年に据置公許となったことが書かれているだけだ。それ以上のことは分からない。

 というわけで、私に調べられたのはここまでだった。
 名古屋駅周辺にはこういう小さな神社が点在している。秋葉系や津島系が多い。
 それは古い歴史を伝えるというよりも、江戸時代の村の名残のようなものだ。
 何度も訪れることはなくても、そこここに神社があることを知っていることに意味があるように思う。
 これらの小さな神社もまた、名古屋の街と人々を守る役割の一端を担っている。現役で機能しているということだ。ゆめゆめおろそかにしてはいけない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

都会の片隅に残った名駅迦具土社

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