白山神社(日比津)

どっしりと落ち着きのあるしらやまさん

日比津白山神社

読み方 しらやま-じんじゃ(ひびつ)
所在地 名古屋市中村区日比津町1-1 地図
創建年 不明
社格等  郷社・九等級
祭神

菊理姫命(くくりひめのみこと)

アクセス

・地下鉄東山線「本陣駅」から徒歩約20分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度 **

 白山神社というと、名古屋では古墳とセットになっているところが多い。古墳上に白山の本殿が乗っかっているというパターンだ。守山区にある小幡白山神社などがそうだし、中区の新栄白山神社もそうだ。
 中村区日比津にある白山神社はどうやらそうではないらしい。尾張で古墳が造られた4世紀から7世紀にかけて、このあたりはまだ海だった。周辺に古墳はない。
 日比津(ひびつ)の地名は、土津(ひぢつ)から転じたものとされる。泥津という表記も見られる。字からも連想されるように、かつては沼地や湿地帯だった。田んぼができて集落が生まれたのはそれほど遠い昔のことではない。
 この白山神社の創建は不明とされているものの、おそらく、江戸時代初期、もしくは戦国時代末期といったあたりだろう。
『愛知縣神社名鑑』にはこうある。
「創建は明かではないが、『尾張志』に白山の社村の本居神とする。元禄三年(1690年)以降の棟札十二枚ありと記す。当村開墾に際し、加賀国石川郡白山比咩神社の御分霊を勧請産土神として祭る」
 この地に移り住んだ人たちが田んぼや畑を開墾し、日々津村が出来、神社を建てようとなり、加賀の白山比咩神社から勧請して白山神社を創建したということなのだろう。それができたということは、やはり江戸期に入ってからのことだろう。1690年の棟札があるというなら、創建は1600年代前半あたりだろうか。
 神社のの木造建築は雨ざらしの吹きさらしだから、20-30年くらい経てば修繕が必要となる。

 白山比咩神社は、もともと、白山(しらやま/標高2,702m)を御神体として祀る神社だった。創建は神話の時代にさかのぼるとされる。当初は山の麓に祭壇のようなものがあるだけだったのだろう。
 初めて社殿を建てたのは、奈良時代前期の716年と伝わる。
 続いて718年、越前の修験僧・泰澄が白山に登り、奥の宮に白山妙理大権現を祀ったとされる。これを実質的な白山開山としている。
 その後、白山比咩神は加賀国の一宮と定められ、『延喜式』の神名帳にも載っている。
 平安時代になると修業の山という性格が強くなり、神仏習合が進んだ。
 鎌倉期、室町期と栄えるものの、加賀の一向一揆の戦乱に巻き込まれ、社殿を失い、荒廃した。その後、100年ほど荒れるに任せるような状態が続くことになる。
 復活したのは戦国末期、加賀国に前田利家が入ってからのことで、天皇の命で白山比咩神社と神宮寺の白山寺を再興し、以降、江戸時代を通じて前田家が神社も寺も面倒を見ていた。
 ただ、この白山の寺社はなかなかに世俗的なところがあって、たびたび祭祀や金銭問題でもめ事を起こしている。明治の神仏分離令のときもひともんちゃくあった。

 本家の白山比咩神社がこのような経緯を辿ったことを踏まえると、日々津村の白山神社の創建時期はだいたい予想がつくということになる。もし、これ以上さかのぼるとすれば、室町期の前半ということになるだろうけど、その頃すでに日々津に集落ができていたかどうか。
 室町前期、もしくはそれ以前に村人の希望で白山の本社から分霊して神社を建てることができただろうかと考えると、その可能性は低いように思う。
 白山比咩神社の読み方は「しらやまひめ」で、日比津の白山神社は「しらやま」と読むのが正式のようだ。守山区の白山神社は「はくさん」と読ませる。

 すでに書いたように、白山比咩神社はもともと白山を神として祀る神社として誕生している。
 それがいつどういういきさつで祭神がククリヒメ(菊理姫命)となったのかは、よく分かっていない。
 ククリヒメは、『古事記』、『日本書紀』の本文には出てこず、『日本書紀』の一書(第十)にワンシーンだけ登場する神だ。
 イザナギとイザナミが泉津平坂で言い合いになっているとき、どこからともなく現れて仲裁をしたと書いている。誰の子供とかそういう情報は一切ない。
 ククリの名前は「括る(くくる)」から来ているとする説がある。あるいは、菊が関係しているともいう。
 山の神という性質はなかったはずなのに、いつの間にか白山の神ということになった。
 平安時代後期の儒学者で歌人の大江匡房が扶桑明月集の中で書いたのが最初とされている。大江匡房が思いついたのか、そういう説があったのかは分からない。
 一般的に白山の神=ククリヒメとなったのは江戸時代に入ってからのことだ。白山信仰自体が全国区になったのも意外と遅く、その頃という。
 現在、白山比咩神社では、菊理媛神(白山比咩神)を主祭神とし、伊奘諾尊(イザナギ)、伊弉冉尊(イザナミ)も祀っている。

 古くからこの神社は歯痛を治すとされたという。どこでそういう話になったのだろう。ククリヒメと歯痛や医術といったものは結びつかない。
 境内社に、半ば独立した格好で津島神社と白山龍神社がある。
 明治5年に郷社になっているくらいだから、昔はもっと広い境内を持っていたのだろう。現在でも奥行きがあり、拝殿から一の鳥居まで100メートル以上ある。
 参道の途中を一般道が横切っているのはちょっと残念ではあるのだけど、二の鳥居から先の境内はとても空気がいい。外界とはっきり隔絶されている非日常感がある。大きな木々が作り出す光と影の風景が美しく、どっしりと落ち着いた雰囲気を生んでいる。
 ここはなかなかいい神社だった。よかった、よかったと納得して境内を後にした。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

日比津の白山神社は落ち着きのある立派な神社

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