上前津(かみまえづ)1丁目のどんぐりひろばの一角にある小さな神社。 社の前に置かれた提灯台にコンセントが3つあって、その横に「津島」「熱田」「秋葉」とマジックで書かれている。たぶんこれは、参拝者に向けてではなく、祭りのときに氏子さんが提灯を吊る場所を指定したものだと思う。 おかげで祀られている祭神は分かった。ただ、神社名は分からない。正式名があるかどうか。
ここは名古屋城下のだいぶ南の方で、大須から白川公園一帯に寺が密集していて南寺町と呼ばれていた。軍事上の防衛の役割もあり、家康が命じてそうさせた(同じ目的で新栄あたりに東寺町があった)。 第二次大戦末期に南寺町にあった寺は市内各地に移転し、空いた土地は戦後に進駐軍の宿舎「キャッスル・ハイツ」となった。戦後しばらくしてから米軍から返還され、昭和33年に白川公園が作られた。 今昔マップで変遷を辿るとそのあたりが見てとれる。 現在は大須から上前津にかけて多くの寺院が集まっている。この小社はそんな地域に鎮座している。 最初からここにあったわけではないだろう。もともとは屋根神様だったものを降ろしたのか、町内で祀る神社だったか。熱田・津島・秋葉という三社セットは尾張では一番ポピュラーな組み合わせで、屋根神様もこのパターンが多い。 ちなみに、どんぐりひろばというのはこの公園の固有名詞ではなく、こういった小さな公園の総称としてそう名付けられたものだ。 公園が都市の土木局などの管轄になっているのに対し、どんぐりひろばは地域と行政が共同で管理しているという違いがある。 名古屋市内にはけっこうたくさんのどんぐりひろばがあるのだけど、全国的にも都市部に作られているようだ。 どんぐりひろばが作られるようになったのは昭和40年代以降なので、社がここに祀られたのもそれ以降ということになる。
訪れたのは初夏の日差しが強いときだった。この一角は木々が生い茂っていて社に木陰を作っていた。神さんたちが歓声を上げながら遊ぶ子供たちを公園の片隅から見守っているような気がした。
作成日 2018.1.26(最終更新日 2019.3.13)
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