城屋敷神明社

稲葉地村の中心的神社に多くの神々が集められている

城屋敷神明社

読み方 しろやしき-しんめい-しゃ
所在地 名古屋市中村区城屋敷町4-10-1 地図
創建年 不明
社格等  村社・十二等級
祭神

天照大御神(あまてらすおおみかみ)

須佐之男命(すさのおのみこと)
菊理姫命(くくりひめのみこと)
誉田別尊(ほむだわけのみこと)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
天神七代(てんじんしちだい)
地神五代(ちじんごだい)

アクセス

・地下鉄東山線「中村公園駅」から徒歩約27分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 稲葉地城があった場所に建てられたとされる神明社。
 すぐ近くにも神明社があり(700メートル南東)、そちらは稲葉地町にあるから稲葉地神明社地図)と呼ばれているからちょっとややこしい。
 こちらは城屋敷神明社と呼ばれていて、城屋敷はやはり稲葉地城から来ている地名だ。
 古くから地元の人たちは北にある方を上之切神明社、南のものを下之切神明社と呼んで区別していたという。
『尾張志』に稲葉地村には神明社が三社あると書かれている。
 一社は「天照御大神をまつる村の氏神なり」とあり、一社は「小鍋というところにあり」とし、もう一社については説明がない。
 上之切、下之切ともうひとつの神明社は、万場橋近くにある神明社のことだろうか。探したけど見つからなかったところだ。
『尾張志』の説明にある村の氏神というのが、ここ城屋敷神明社のことではないかと思う。

 稲葉地城は清洲城地図)から見て5キロほど南の庄内川沿いに位置していた。ここから北東6キロほどのところに那古野城(地図)があった。
 城主は信長の父・信秀の弟の津田豊後守信光と伝わる。津田信光が築いたとされるも、築城時期などはっきりしたことは分からない。
 ちなみに、神社入り口にある「織田信長伯父津田豊後守居城」は間違いで、正しくは織田信長の叔父に当たる。父親の兄は伯父で、父親の弟なら叔父だ。
 津田と名乗っているのは、織田家の嫡流以外は織田を名乗ることが許されず、津田に改めさせられたためとされる。どこまで厳密だったのかは分からないけど、書面の場合は特にそうだったようだ。
 津田は、織田家のルーツが近江国の津田郷にあったからという説がある。のちに信長が安土城を築いた場所だ。
 信秀亡き後、信光は信長の側について活躍することになる。
 信長と敵対する信友をだまし討ちにして殺害して清洲城を奪還。清洲城を信長に譲り、信光は信長に与えられた那古野城に移った。
 しかし、それから半年後の1555年、自分の家臣の坂井孫八郎によって殺害されてしまう。
 一説では目の上のたんこぶになりかねない信光を信長が暗殺するよう指令を出したともいわれる。
 別の説では、信光の正室と坂井孫八郎がデキていて、ふたりが発覚を恐れて殺したなんてのもある。
 案外それが真相だったりするのかもしれない。歴史というのは男たちが表で動かしているだけではない。家督相続なども女性が絡んでいることが多いし、戦国武将といえども痴情のもつれで命を落としたりしたことがあったのではないか。
 二代・玄蕃充、三代・与三郎は桶狭間の戦いで討ち死に。四代小藤次は本能寺の変で戦死した。その後、ほどなくして廃城になったと伝わる。
 神社のすぐ南にある凌雲寺(地図)は信光によって建立されたとされる。幼い頃の信長がここで習字の手習いなどをしたという言い伝えが残る。

 本能寺の変があったのが1582年。
 主を失って廃城になったとはいえ、すぐに取って代わるように神社が建てられたとは思えない。この神社が最初から神明社だったとすれば、江戸時代に入ってからのことだろう。
『愛知縣神社名鑑』は創建は不明としている。
 明治5年(1872年)に村社に列格したあと、大正4年(1915年)に周辺の神社をまとめてここに移している。
 この規模の神社とは思えないほど末社がずらりと並び、その顔ぶれが少し変わっている。
 天神七代や地神五代を祀っているところは初めて見た。他にもあるかもしれないけど、多くはないはずだ。
『愛知縣神社名鑑』には「上之切に鎮座の無格社、津島社、白山社、鎮守社、八幡社、十二社、倉稲魂社の六社を本社に合祀する」とあるから、その中の十二社が天神七代と地神五代ということになるのだろう。
 江戸時代前期の『寛文村々覚書』には、稲葉地村の神社として以下のものが記録されている。
「神明二社 大明神 権現 八幡 白山 八幡 神明」
 江戸時代後期の『尾張志』ではこうなっている。
「神明社 白山社 八幡社二所 十二所社 毘沙門社 鎮守社 神明社 大日社 大明神社 神明社 八幡社 天王社」
 十二所社、毘沙門社、鎮守社、大日社が増えたのが分かる。
 いずれにしても、この城屋敷神明社が稲葉地村の中心的な神社だったということがいえそうだ。

 寄り合い所帯ということもあって、一風変わった神明社という印象を受けた。少し暗くて重い。じめっとしている感じもある。
 青く塗られた金属製の賽銭箱に、金色の龍がくっつけられているという斬新なデザインが記憶に残った。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

城屋敷神明社もちょっと変わってる

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