松水神社

松に祀られた地蔵から始まる水袋新田の守り神

松水神社

読み方 まつみず-じんじゃ
所在地 名古屋市南区中割町4-54 地図
創建年 1959年(昭和34年)
旧社格・等級等 不明
祭神 熱田大神(あつたおおかみ)
アクセス JR東海道本線「笠寺駅」から徒歩約26分
名鉄常滑線「大江駅」から徒歩約25分
駐車場 なし
webサイト  
オススメ度

 昭和34年に創建された新しい神社なのだけど、その前身である神松大明神から説明すると話は少しややこしいことになる。
 神社がある中割町(なかわりちょう)は、かつての水袋新田(みずぶくろしんでん)があった場所だ。
 東の弥次ヱ町(やじえちょう)は弥次右衛門新田だったところで、これらの新田は1725年(享保10年)に本地村の庄屋・中村弥次右衛門が開発したものだ。
 水袋新田では米を作り、弥次右衛門新田では塩を作っていた。この塩は前浜塩と呼ばれるブランド塩としてもてはやされ、星﨑から塩付街道を通って信州方面などに運ばれていった。
 しかし、たびたび水害に悩まされ、広すぎたことで水の管理も上手くいかず、かなり苦労したようだ。そこで新しい堤を築き、その突端に松を植えた。
 新田事業を引き継いだ鳴尾村の庄屋・永井隆(ながいたか)は水門を作り、堤防工事をして、松の根元に石地蔵を祀った。これが松水神社の前身である神松地蔵だ。
 枯れた松を植えたら根付いて育ったとか、一度枯れた松が復活したなどという話があり、そこから枯松地蔵とも呼ばれた。いつしかそれは加霊松と表記されるようになり、水袋の氏神社となった。水袋新田絵図には松の木と「水袋新田鎮守社加霊松神社・星宮神主神事」とある。
 もともとは今よりもっと南の方にあったようで、神松町の地名に名残をとどめている。
 松水神社の社名は、この神松町の神と水袋新田の水を組み合わせたものだ。
 神松地蔵堂(加霊松神社)は、昭和18年(1943年)の大江川改修工事にともなって現在地に移された。
 改修工事は戦中に一時中断し、戦後に完成した。
 松水神社は昭和33年(1958年)、もしくは昭和34年に創建されたとしている。
 境内社の神松大明神が元の加霊松神社を受け継ぐもので、神松地蔵堂は別に神松町1丁目24にある。

 現在の松水神社は主祭神として熱田大神を祀り、相殿に天照大神、素戔嗚尊、日本武尊を祀っている。松水神社創建時は熱田神宮(web)から勧請したということなのだろう。
 境内社の末龍稲荷神社は三菱重工の社宅があったところで祀られていたものだ。
 三菱創業者の岩崎弥太郎と稲荷社にはゆかりがあり、三菱関係の会社や工場では稲荷神を祀っているところが多い。
 江戸時代、大坂にあった土佐藩屋敷に稲荷神が祀られており、その藩邸を明治に岩崎弥太郎が買い取って、ここから弥太郎は事業を始めることになる。そのとき土佐稲荷も引き取ることとなり、それ以降、岩崎家は稲荷神を守護神とするようになった。
 土佐稲荷神社(web)は大阪市に現存しており、神紋には三菱のスリーダイヤが入っている。
 戦前から戦中にかけて、このあたりは三菱重工の寮や社宅が建ち並んでおり、そこにこの稲荷社は祀られていた。戦後に社宅が撤去されたものの稲荷社だけは残り、後に松水神社に移された。

 松水神社という名前からして正体不明の町内神社かと思いきや、意外な過去が秘められた神社だった。
 もちろん、かつての大松はもう残っていないのだけど、町名と神社に名を残した。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

松水神社は水袋新田の加霊松神社から

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