和爾良神社

式内社じゃなくても原の天神様でいいじゃないか

和爾良神社鳥居と境内

読み方 わにら-じんじゃ
所在地 名古屋市名東区猪高町猪子石原1-503 地図
創建年 1592年(安土桃山時代後期)
社格等 十二等級
祭神

武内宿禰(たけうちのすくね)
誉田別命(ほんだわけのみこと/応神天皇)
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

アクセス

・名古屋市営地下鉄東山線「一社駅」から徒歩約60分
・名鉄瀬戸線「小幡駅」から徒歩33分
・市バス/名鉄バス「猪子石原停留所」から徒歩約5分
・駐車場 あり(無料)

webサイト 名東区散策マップ
オススメ度

 名古屋東部の幹線道路である出来町通の猪子石原(いのこしはら)から少し北へ入ったところにある。すぐ北には矢田川が流れている。
 出来町通は江戸時代になって名古屋城下と瀬戸方面を結ぶ山口街道として整備された道で、室町時代にはすでに主要道路として定着していたと思われる。
 秀吉の朝鮮出兵などで人の往来が多くなった時代、この地に暮らしていた武内宿禰(たけのうちのすくね)の子孫が道行きの安全を願って社を建てたのが始まりと伝わる。
 別の説では、武内宿禰の三代の孫で、斎庭(ゆにわ)連の祖が氏神を祀ったのが始まりともいう。

『延喜式神名帳』にある山田郡和爾良神社の論社のひとつとされる。
 候補の神社は7社。和爾良神社(春日井市上条町)、朝宮神社(春日井市朝宮町、両社宮神社(春日井市宮町)、天神社(春日井市牛山町)、神明社( 名古屋市名東区本郷)、景行天皇社(長久手市長湫宮脇)。
 猪子石の和爾良神社の創建が1592年というのが正しければ平安時代に編さんされた『延喜式』(927年)にある式内社の可能性はない。
 それが何故論社のひとつになっているのかはよく分からない。ある説では、本郷にある神明社が式内社で、そこから勧請して建てたのが猪子石の和爾良神社だという。
 春日井市のものに関しては、おそらく春日井市は山田郡ではなく春部郡だろうから、山田郡の和爾良神社には当たらない。
 一番可能性が高いのが長久手市の景行天皇社だろうけど、確かなことは言えない。

 和爾良の文字と読み方については様々なものがあってややこしくて混乱する。
 この神社も「かにら」なのか「わにら」なのか、はっきりしない。『愛知縣神社名鑑』では「わにら」となっているから、愛知県神社庁への登録名はそうなっているということか。
 猪子石の和爾良神社は和示良神社としているが、これはたぶん間違っている。爾の異字は「示」ではなく「尓」だ。爾、尓は、音読みで「ニ」、「ジ」で、訓読みで「なんじ」、「そ」となり、あなたとか、それとか、そうだといった意味だ。
 略字(異字)で書くとしたら和尓良神社としなければならない。

 社名の由来は、神社に安置された菅原道真像から来ているという説もある。
 道真は土師(はじ)氏の出で、その祖は野見宿禰(のみのすくね)とされる。
 野見宿禰は垂仁天皇の陵墓に埴輪(はにわ)を納めたことで土師氏の性を賜ったという。
 そこから「ハジ」、「ハニワ」に和爾良を当てて社名としたというのだ。
 江戸時代から明治の初めまでは原の天神様と呼ばれていたという。

 明治41年に、西ノ切にあったコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫命)を祀る浅間神社と欠下にあったオオヤマクイ(大山祗命)を祀る山ノ神社を合祀した。
 菅原道真像は失われてしまったのか、現在菅原道真を祀る天神社はない。
 

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

名東区の神社巡りはちょっとややこしい和示良神社から

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