秋葉神社(呼続2)

たぶん法泉寺の鎮守社だと思うけど

呼続法泉寺秋葉神社

読み方 あきば-じんじゃ(よびつぎ2)
所在地 名古屋市南区呼続2丁目1 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・名鉄名古屋本線「呼続駅」から徒歩約4分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 呼続にある法泉寺のすぐ外にある小さな秋葉神社。この位置関係からしても法泉寺の鎮守だったのではないかと思う。
 法泉寺は『尾張志』に「熱田圓通寺の末」とあるからたぶんそうだ。圓通寺は秋葉山三尺坊が修業に来たとされる秋葉権現のお寺だ。その末寺が秋葉権現を祀ったのはごく自然なことといえる。
 詳細は不明ながら、石階段の下に「文久三年亥十一月」と彫られているところをみると、江戸時代にはすでにあったということだろう。文久三年は1863年だから幕末だ。ただ、その年にこの秋葉社が建てられたとは限らない。

 法泉寺へと向かう道は急な坂道で、秋葉神社はその坂の途中にある。
 このあたりは笠寺台地の北西の縁で、江戸時代前期まではすぐ北と西は年魚市潟(あゆちがた)と呼ばれる遠浅の海だった。
 北の瑞穂台地とは海で隔てられていて、北から見ると松が生い茂る島のように見えたことから松巨島(まつこしま)と呼ばれていた。
 法泉寺は井戸田(今の瑞穂区)にあった行基が開いたとされる薬師寺がルーツとなっている。
 弘法大師がこの地を巡っていたときに立ち寄ったことから真言宗の道場となったという。
 その後、廃寺となり、浜海道(今の南区)に再興され、そのとき龍雲山法泉寺と号をあらためた。
 現在の場所に移されたのは江戸時代前期の1642年のことだ。
 江戸時代後期に曹洞宗に改宗した。
 
本尊の薬師如来や日光菩薩、月光菩薩は弘法大師の作と伝わる。

 法泉寺の南を通っている道が旧東海道だ。旅人の中には法泉寺に立ち寄って参拝していったという人もいただろう。空海作と伝わる仏像があることを知っていればひと目拝んでおこうと思ったかもしれない。普段でも見られるなら私でも見てみたい(見られるかどうかは未確認)。
 秋葉社がいつからあったかは分からないけど、ついででも参詣者たちは柏手を打っていったのではないか。
 古びた小さな社でしかなくても、数百年の歴史があるものだ。我々もついででもいいから拝んでいっても罰は当たらないだろう。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

法泉寺と関係があるのかないのか呼続2秋葉神社

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