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秋葉社(大喜町)


入り組んだ町には秋葉社を



秋葉社(大喜町)

読み方あきば-しゃ(だいき-ちょう)
所在地名古屋市瑞穂区大喜町4丁目 地図
創建年不明
旧社格・等級等不明
祭神不明(おそらく火之迦具土神
アクセス地下鉄桜通線「瑞穂運動場西駅」から徒歩約17分
駐車場なし
祭礼・その他不明
神紋
オススメ度
ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)
街角の大喜町秋葉社

 街角秋葉社と個人的に呼んでいるタイプの秋葉社。
 ここは秋葉社の規模としては立派な方で、ちゃんと敷地も確保されて、玉垣で囲っている。
 大喜町(だいぎちょう)は江戸時代は大喜村(だいぎむら)といっていた。
 近くの大喜町6丁目遺跡からは縄文中期の土器片が見つかっている他、大喜梅林遺跡からは弥生時代の土師器や須恵器なども出土した。
 奈良時代のと見られる須恵器片には”大金寺”、”大金”と墨書されたものがあり、この大金から大喜に転じたという説がある。
 あるいは逆で、”だいぎ”の音が先で、それに”大金”を当てた可能性も考えられる。

 瑞穂台地の西南端に近く、起伏があり、区画整理が進んでいないため道が狭く、街並みがごちゃごちゃしている。個人的にこういう街並みは好きなのだけど、住んでいる人はちょっと大変だろうと思う。車移動も制約が多い。
 そんな町だからひとたび火事になったら大ごとになる。民家が密集していて燃え移りやすいし、狭い道は消防車が入っていけない。
 この町に秋葉社が建てられたのは必然といってもいい。

 多くの遺跡が見つかっていることからも分かるように、この土地は古くから人が暮らす場所だった。台地の縁というのは水が豊富なところなので暮らすのに都合がいい。
 西側には鎌倉街道が通っていおり、もともとは集落の守り神として街道沿いにあったとも考えられる。
 大喜町の秋葉社がいつ創建されたのかは分からない。神社本庁への登録はなく、江戸時代の地誌にも載っていないため、調べることができなかった。近所の住人でも知っているかどうか。
 江戸時代といわれればそうだろうとも思うし、案外新しくて明治か大正という可能性もある。
 中央の社が秋葉社として、向かって左に小さな社がある。この正体も不明だ。
 分かるのは大喜町に秋葉社があるということだけだ。
 とりあえず今もここにあるということが重要なので、これからも町内で大事にしていっていただければと思う。


作成日 2017.9.18(最終更新日 2026.3.21)

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