築地神社

埋め立て地の名古屋港に育った鎮守の杜

築地神社拝殿と境内

読み方 つきじ-じんじゃ
所在地 名古屋市港区千鳥1-9-14 地図
創建年 1938年(昭和13年)
社格等 郷社・七等級社・名古屋港総鎮守
祭神

素戔嗚尊(すさのおのみこと/須佐之男命)

アクセス

・地下鉄名港線「築地口駅」から徒歩約1分。
・無料駐車場 なし

webサイト  
オススメ度 **

 名古屋港総鎮守。
 創建は昭和13年と新しい。名古屋市内で昭和に入ってから創建された神社はあまりない。
 現在名古屋港があるエリアは、江戸時代以前、ほぼ海の底だった。江戸時代に入って干拓や埋め立てが進み、名古屋港が開港したのは明治40年(1907年)のことだ。
 それまで名古屋の港といえば、熱田の湊だった。江戸時代に東海道の宿場町として整備される以前から熱田に湊があった。
 堀川で名古屋城までむすび、利便性はよかったのだけど、海が遠浅のため、大型船をつけることができないという問題点があった。そこで埋め立てをして名古屋港を作ることになった。
 そういうわけで、名古屋港の歴史は明治の終わりに始まり、神社の創建もその後ということになる。
 明治から大正を経て、名古屋港で暮らす人々も増え、神社のひとつも欲しいということになり、昭和8年(1933年)国に嘆願書を出し、翌年認可が下て建て始め、完成したのが昭和13年(1938年)のことだった。

 熱田神宮からスサノオを勧請して建てたのが築地神社だ。
 でも、何故熱田神宮だったのだろう? いや、というよりどうしてスサノオだったのか?
 ケチを付けるわけではないけど、港の守り神や航海の安全を願うのにスサノオは違うような気がする。イザナギはアマテラスに天を、ツクヨミに夜を、スサノオには地上を治めよと命じたはずで、地上に降りてからもスサノオが海の神だったことはない。
 一説によると海原を治めるようにいわれたというのがあるにはあるけど、それはツクヨミが命じられたという話もあるし、そもそもスサノオはイザナギの言うことをまったく聞かずに暴れ回ったから高天原から追放されたのだ。そのスサノオに名古屋港を守れと言っても言われたスサノオの方が戸惑ってしまうのではないだろうか。
 それに、熱田神宮からあえてスサノオを勧請するというのもどうかと思う。確かに熱田神宮でもスサノオは祀られている。とはいえ、熱田神宮の主祭神は草薙剣に宿る熱田大神であり、その持ち主のヤマトタケルだ。熱田神宮においてスサノオは脇役でしかない。
 海の神というなら、住吉大社や宗像三女神の宗像大社の方が適任だと思うし、スサノオを勧請するなら津島神社からの方が筋じゃないだろうか。
 どうしても熱田神宮にこだわったのか、氏子の人たちが熱田神宮とつながりがあったのか、そのあたりのいきさつは分からない。

 昭和19年(1944年)、村社に列格。
 翌昭和20年(1945年)、名古屋空襲により社殿焼失。仮本殿を造り、郷社に昇格。
 戦後の昭和32年(1957年)、本殿ができる。
 昭和34年(1959年)、伊勢湾台風による被害を受ける。
 昭和36年(1961年)、拝殿造営。
 昭和前期の創建とはいえ、80年以上の歳月が流れ、境内の木々も大きく育った。緑が少ない名古屋港エリアの中で、ここだけ異空間めいた鎮守の森となっている。
 祭神云々のことは置いておいて、この神社の空気感はなかなかいいと思った。もし街中にこの神社があったら特別なものは感じなかっただろう。名古屋港にあるからこそいい神社といえる。

 毎年5月13日、熱田神宮で神様の衣替えの儀式、御衣祭 (おんぞさい)が行われる。私もかつて撮りにいったことがある。
 熱田神宮の御衣祭
 そのときの奉納行列は、この築地神社の斎機殿(いみはたどの/神のための衣を織る建物)から出発する。それは熱田神宮の旧神楽殿を移築したものという。
 築地神社から熱田神宮までは4キロちょっとあるから、しずしずと歩いたら2時間くらいかかるんじゃないだろうか。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

港区築地口の散策と築地神社

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