天神社(戸田)

戸田二之割の天神社

戸田天神社

読み方 てんじん-しゃ(とだ)
所在地 名古屋市中川区戸田1丁目517番 地図
創建年 不明
社格等 指定村社・十二等級
祭神 菅原道真(すがわらのみちざね)
アクセス

・JR関西本線「春田駅」から徒歩約13分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 戸田にある天神社。八幡社、鈴宮社、白山社、神明社とあわせて戸田には5つの神社があり、一之割から五之割の氏神となっている。
 それぞれの神社はからくり人形を持つ山車を所有していて、10月の第一土日(今年2017年は10月7・8日)に、戸田まつりが行われる。
 戸田まつりと山車に関しては戸田八幡社のページに書いた。

 この五社の顔ぶれは江戸時代から変わっていない。『尾張志』、『尾張徇行記』なども同じだ。
 戸田の山車祭りが行われるようになったのは江戸時代中期の元禄15年(1702年)のこととされる。
 八幡社の創建は鎌倉時代という話もあるのだけど、他の4社についてはよく分からない。江戸時代なのか、江戸時代以前なのか。
 戸田は平安時代末の1100年頃に富田荘という荘園ができたところで、歴史はけっこう古い。天神社の近くには1100年頃築城されたとされる戸田城(平季政の館)があったから、鎌倉時代あたりにそれぞれの神社が建てられていた可能性はある。

 地図上では天満宮となっており、拝殿にも天満宮の額が掛かっている。
 ただ、愛知県神社庁の登録名は天神社になっているので、そちらが正式のようだ。
 江戸時代からすでに菅原道真を祀っていたのかどうか。もともとは素朴な天神信仰だったかもしれない。
 戸田の人たちは神社を建てるときに代表者が集まって相談して決めたのだろうか。
 八幡社、天神社、鈴宮社、白山社、神明社と、偶然こんなに上手くばらけるとも思えない。
 割で分けられていたとはいえ、戸田村というひとつの共同体という意識はあったはずで、棲み分けをしようと決めたとしても不思議ではない。
 どういう話し合いが持たれて、どんな決め方をしたかは分からないけど、鈴宮を持ってくるあたりは渋い選択だ。あるいは、この神社が入っていることが何か重要な鍵を握っているかもしれない。

 二之割、天神社のからくり人形は、越後獅子だ。
 頭に獅子頭を乗せて、太鼓とバチを持った親唐子の右肩に子唐子が乗って踊る。
 山車はそれほど派手なものではないものの、江戸時代に作られたもので、名古屋市指定有形民俗文化財に指定されている。
 1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で大きな被害を受けているから、江戸期の姿とは多少違っているのかもしれない。
 まつりは雨天中止ということで、土曜日の雨が少し心配される。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

戸田天満宮はもともと天神社

HOME 中川区

スポンサーリンク
Scroll Up