天照皇大神宮・天王社(小賀須)

天照皇大神宮でもあり天王社でもある?

小賀須 天照皇大神宮・天王社

読み方 てんしょうこうたいじんぐう・てんのう-しゃ(こがす)
所在地 名古屋市港区小賀須2丁目 地図
創建年 不明
旧社格・等級等 不明
祭神 不明
アクセス あおなみ線「名古屋競馬場前駅」から徒歩約56分
日ノ出橋バス停留所」から徒歩約8分
駐車場 なし
webサイト  
オススメ度

 地図上では天照皇大神宮となっていて、入り口にある古い社号標にも天照皇大神宮とあるのだけど、参拝所の屋根には天王社と手書きした木札が掛けられている。
 奥に小さな社が三社が並んでいて、中央が天照皇大神宮、向かって左が熱田神宮、右が津島神社と書いてある。
 事情がよく分からない。
 天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)という名称はそう簡単に名乗れないと思うのだけど、許可を得ているのか、勝手に名乗っているだけなのか。この規模なので、神社本庁には入っていない。
『尾張志』などの江戸期の書にも出てこない。

 江戸時代、ここは東福田新田の中の小賀須(こがす)と呼ばれた場所だ。新川の右岸で、南の茶屋新田との境に近い。
 小賀須集落の氏神はここから480メートルほど西北にある秋葉社地図)だった。
 天照皇大神宮、熱田神宮、津島神社の三社がもともとここにあったかどうかは何とも言えない。それぞれ別の場所にあったものをひとまとめにした可能性は高い。
 今昔マップの明治中期(1888-1898年)を見ると、すでに新川と庄内川に日ノ出橋と明徳橋が架かっていて、神社の前の通りは明治になってあらたに東海道とされた道だった。東から日ノ出橋を渡ると前方に続く道はまだなく、直角に左に折れて堤防沿いを少し南下してから西に向かっている。この東西の道は、東福田新田と茶屋新田の境界の堤防だったところだ。この道沿いに集落ができていた。
 そういった状況を考え合わせると、これらの社は新東海道沿いか集落にあったものだと思う。
 主となる社は天照皇大神宮だろうけど、あえて天王社の札を掛けた理由はよく分からない。現在は津島神社としている社は江戸時代までは天王社だったに違いないけれど。

 これらの社について分かるのはこれくらいだ。史料や推測ではこれ以上分からないので、後は現地で聞き込み調査をするしかない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

かつての新東海道沿いにある小賀須の天照皇大神宮・天王社

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