豊金稲荷大神

話は逸れて熊鷹社とクマタカのこと

豊金稲荷大神

読み方 とよきん-いなり-おおかみ(?)
所在地 名古屋市熱田区四番1丁目15 地図
創建年 不明
旧社格・等級等 不明
祭神 不明
アクセス 地下鉄名港線「六番町駅」から徒歩約7分
駐車場 なし
その他 (株)テイサクwebサイト
オススメ度

 株式会社テイサクさんの敷地内にある稲荷社。
 企業社は基本的に登録しない方針ではあるのだけど、偶然にせよ必然にせよ参拝してしまった以上、載せるしかないだろうということで、こうして紹介することにした。
 賽銭箱が置かれているかどうかで一般参拝者を想定しているかどうかを判断しているのだけど、ここは置かれていなかった。やはり企業社ということで間違いなさそうだ。
 それでもここを紹介したいと思った理由として、テイサクwebサイトのニュース&トピックの中で「初午祭に先立ち2月4日に京都伏見稲荷を参詣し、伏見稲荷大社の本殿と稲荷山熊鷹社にお祀りしてある豊金稲荷のお塚を参拝しました」という記事(web 平成18年2月)を見つけたからだった。
 そこには神職が祈祷をしている写真も載っており、祀ってある石碑前の鳥居台座に「名古屋 株式会社 帝國鑿岩機製作所」と彫られているのが確認できる。これは昭和61年にテイサクと社名変更する前の旧社名だ。
 昭和7年(1932年)、当時輸入に頼っていた鑿岩機(さくがんき)の国産化を目指して創業したのが帝國鑿岩機製作所で、創業者は伊藤金太郎という人物だった。
 豊金稲荷の金は、この金太郎さんの名前から来ているのではないかと思う。
 鑿岩機というのは、岩石に小さな穴をあける機械のことで、そこから出発して、現在は油圧ブレーカ、クラッシャ、アンカードリルなどの土木工事で使う機械の製造販売を行う会社となっている。

 以上のような流れを踏まえると、昭和7年の創業時に、京都の伏見稲荷大社(web)がある稲荷山に豊金稲荷を祀るとともに、本社にも同じく豊金稲荷社を建てたということではないかと思う。会社の方の稲荷は伏見稲荷大社からの勧請ということになるのだろう。
 ただ、問題はというか、引っかかったのは、熊鷹社の中に豊金稲荷を祀ってあるという点だった。
 調べてみるまで知らなかったのだけど、熊鷹社一帯には「お塚」と呼ばれる小さな独立した稲荷があって、それはそれぞれ別の団体や個人が持ち込んだ稲荷なんだそうだ。伏見稲荷から勧請するのとは逆勧請とでもいうべき稲荷が稲荷山にはたくさんあるらしい。
 一部は江戸時代から誕生したようだけど、多くは明治以降に作られたものという。
 帝國鑿岩機製作所(テイサク)のお塚も、熊鷹社にたくさんあるお塚のひとつということになる。
 ということは、まず伏見稲荷大社から勧請して会社に豊金稲荷を建てて、その後伏見稲荷山に豊金稲荷のお塚を建てたという順番なのかもしれない。

 熊鷹社(くまたかしゃ)は羽白熊鷹(はじろくまたか)を神格化した神を祀るとしているけど、その由緒や正体ははっきりしない。
 皇族や藤原家が守護神としていたという説があり、稲荷山といえば秦氏が深く関わっているから、そちらとの関係も考えられる。
 稲荷山の伝説には白鳥も絡んでいるし、熊鷹の中でも特に羽白熊鷹としているところに何かありそうだ。
 人によっては伏見稲荷の中で熊鷹社が一番パワーが出ているともいう。

 せっかくなので熊鷹(クマタカ)について少しだけ。
 クマタカの名前の由来は、熊のように大きくて立派だからということから名づけられた。
 かつては角鷹と表記することが多かったのは、後頭部に生えた冠羽が角のように見えたことが由来とされる。
 体長は80センチ前後で、翼を開くと170センチほどになる。鷹の中では大型の部類に属す。
 ちなみに、鷹と鷲の違いは大きさだけで種類としては同じタカ目タカ科に属している。大きければ鷲でそれより小さければ鷹といっているにすぎない。
 クマタカは日本をはじめ中国南部、台湾、タイ、インドネシア、スリランカ、インド南西部などに生息しており、日本が北限となっている。
 やや高地の森林の中で暮らす留鳥で、森林生態系の頂点に位置していることから森の王者とも呼ばれている。
 野ウサギやリス、モグラなどから小型の鳥やヘビなどを捕食する。
 鷹狩りの鷹としてはあまり好まれなかったようなのだけど、明治以降になって東北地方で好んで鷹狩りに使われた。
 日本には現在、1800羽程度がいるとされる。

 ついでなので鷹狩りについても少しだけ書いておきたい。
 鷹狩りというと弓矢か鉄砲で鷹を狩ると思いがちだけどそうではなくて、飼い慣らした鷹を使って狩りを行うことを鷹狩りという。キジやカモ、ウサギなどが狩りの対象とされた。
 鷹狩りの歴史は古く、4000年前に中央アジアで始まったとされ、17世紀にヨーロッパで最盛期を迎えた。
 日本でも古くから行われていたようで、古墳から出土する埴輪の中で鷹らしき鳥を乗せたものが見つかっている。
『日本書紀』の中で仁徳天皇の時代に鷹狩りが行われたと書かれており、鷹甘部(たかかいべ)という専門の一族もいたようだ。
 日本では伝統的にオオタカがよく用いられた他、用途によってはハヤブサなども使われた。
 桓武天皇や嵯峨天皇、醍醐天皇など、鷹狩りを好んだ天皇も多く、在原行平、在原業平などの貴族もそれにならい、坂上田村麻呂も鷹狩りの名手だったと伝わっている。中世になると武士階級まで広がった。
 あまり知られていないけど、織田信長も鷹狩りが大好きだった。京都の東山などで鷹狩りを行い、武将たちは信長に鷹を献上している。
 徳川家康の鷹狩り好きはよく知られている。家康の場合は、鷹そのものが好きということもあったようだけど、健康オタクらしく、鷹狩りは健康にいいと思ってやっていたようだ。
 江戸時代を通じて鷹匠がいて、江戸城には鷹を飼うための鷹坊があった。
 尾張では、初代藩主の義直が鷹狩りを好んで定光寺などで行っていた。
 鷹狩りに使うための鷹を繁殖させるために保護した山を巣鷹山(巣山)といい、一般の入山は厳しく制限されていた。
 日光ジャンボ機の御巣鷹山もそういう山のひとつだったところだ。
 現代にも鷹匠は少数ながらもいて、鷹ショーなどではアメリカ原産のモモアカノスリ(ハリスホーク)がよく使われている。小型で非常に賢いことからショーにも向いているのがその理由だろう。

 だいぶ話が逸れたので元に戻そう。
 熊鷹社の御利益は金運と勝負運だそうだ。個人的にはあまり縁がなさそうなのだけど、豊金稲荷に参拝したからちょっとは運が向いてくるだろうか。
 稲荷山の熊鷹社は一度訪れてみたいと思う。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

テイサクさんの企業社と思われる豊金稲荷大神

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