須佐之男神社(名駅南)

牛頭天王が須佐之男に変わっても

名駅須佐之男神社

読み方 すさのお-じんじゃ(めいえき)
所在地 名古屋市中村区名駅南2丁目11−26 地図
創建年 不明
社格等  村社・十五等級
祭神 素戔嗚尊神(すさのおのかみ)
金刀比羅神(ことひらのかみ)
アクセス

・鉄道各種「名古屋駅」から徒歩約18分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋駅前に点在する小さな神社のひとつ、須佐之男神社。
 現住所は名駅南2丁目で、かつての内屋敷町、水主町、下笹島町、下広井町、蘇鉄町、納屋町、南禰宜町の各一部から成り立っている。
 この須佐之男神社がその中のどの町に属していたのかはちょっと分からない。すぐ西の交差点が下広井町だから、ここも下広井町だったかもしれない。
 江戸時代は廣井村でいいだろうか。

『愛知縣神社名鑑』は、「創建は明かではない。明治13年、村社に列格する」とあっさり紹介するのみだ。
 その他に手がかりがなさすぎてこの神社の詳細については不明とするしかない。
 創建はおそらく江戸時代と思われる。中期以降だろう。
 祀っていたのは牛頭天王でまず間違いないと思う。天王社などと呼ばれていたはずだ。
 明治の神仏分離令で牛頭天王を祀る天王社はスサノオを祀ると改めさせられた。その際に、津島社としたところと須佐之男社としたところがある。厳密な区別があったのかどうかは分からないのだけど、比較的大きなところは須佐之男社として、小さなところは津島社としたんじゃないかと思う。
 ここは明治13年に村社になっていることからしても、このあたりでは大きな神社(氏子が多いという意味で)という位置づけだったのだろう。

 名古屋駅前の神社の傾向として、駅東は江戸時代に入ってから建てられた小さな神社が多く、駅西は伊勢の神宮の荘園だったこともあって古い神社が多い。
 駅東で古くて大きな神社は熱田台地の上にある。それらは名古屋城築城前からあったものだ。
 名古屋城下によって上書きされ、空襲で焼けて戦後復興し、名古屋駅の新設によって都会化したため、これらの神社のかつての位置づけや意味が分かりづらくなっている。
 名古屋駅周辺が名古屋城下から外れた田舎の農村だった頃の姿を想像するのは難しい。

 境内で草取りをしていた方がいて少し話をさせていただいた。
 ここの金毘羅さんは力があってよくお参りに訪れる人がいるとのことだ。
 この金刀比羅社がいつどこに創建されたのかは調べがつかなかった。もともとここにあったわけではないだろうから、堀川の近くにでもあったものを移したのだろうか。
 もうひとつ小さな社があったのだけど、それが何なのかは分からなかった。
 ここもまた、近所の人や氏子さんたちが自分たちで守っている神社だ。神職さんが常駐している神社は全体のごく一部で、多くの神社は町内の人たちなどによって守られている。そういう姿に触れると、なんだかちょっと安心するのだ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

名古屋南須佐之男社はこれでもよく残った方

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