須佐之男神社(名駅南)

牛頭天王が須佐之男に変わっても

名駅須佐之男神社

読み方 すさのお-じんじゃ(めいえき)
所在地 名古屋市中村区名駅南2丁目11−26 地図
創建年 不明
旧社格・等級等 村社・十五等級
祭神 素戔嗚尊神(すさのおのかみ)
金刀比羅神(ことひらのかみ)
アクセス 鉄道各社「名古屋駅」から徒歩約18分
駐車場 なし
その他 例祭 10月17日
オススメ度

 名古屋駅前に点在する小さな神社のひとつ。
 ここは江戸時代の廣井村で、現住所の名駅南2丁目は、かつての内屋敷町、水主町、下笹島町、下広井町、蘇鉄町、納屋町、南禰宜町の各一部から成り立っている。
 この須佐之男神社があるのは下笹島町内だったと思う。
 今昔マップの明治中頃(1888-1898年)を見ると、今神社がある場所は何かの建物が等間隔に並ぶ不思議な状況になっている。普通の民家ではなさそうだ。神社が当時からこの場所にあったかどうかは何とも言えない。
 大正時代にすぐ西に学校ができた。現在は住友生命名古屋ビルが建っている。1947年の地図を見ると空白地になっているから、空襲で焼けて移転したのではないかと思う。
 神社も無事では済まなかったのではないだろうか。

『愛知縣神社名鑑』は、「創建は明かではない。明治13年、村社に列格する」とあっさり紹介するのみで手がかりは得られない。
『寛文村々覚書』(1670年頃)、『尾張徇行記』(1822年)、『尾張志』(1844年)の廣井村の項にはこれに相当するような神社は載っていない。
 おそらく牛頭天王を祀る天王社だったはずで、神社というよりも祠程度のものだったかもしれない。
 創建時期としては江戸時代中期あたりと考えるのが妥当だろうけど、そうだという確証はない。
 明治13年に村社に列格していることからすると、江戸時代後期までにはそれなりに大きな神社になっていたと考えられる。

 境内で草取りをしている方と少し話をさせていただいた。
 ここの金毘羅さんは力があってよくお参りに訪れる人がいるとのことだ。
 中央にある大きめの社が須佐之男社だろう。その左右に小さな社がある。向かって右手が金刀比羅社だと思う。
 この金刀比羅社についても調べがつかなかった。どこか別のところにあったものをここに移した可能性もある。
 もうひとつの社についてはまったく情報がなく不明とするしかない。雰囲気でいうと秋葉社だろうか。

 ここもまた、近所の人や氏子さんたちが自分たちで守っている神社だ。神職が常駐している神社は全体のごく一部で、多くの神社は町内の人たちなどによって守られている。実際にそういう人たちに触れると、なんだかちょっと安心するのだった。

 

作成日 2017.7.30(最終更新日 2019.5.3)

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

名古屋南須佐之男社はこれでもよく残った方

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