中村公園の少し北にある秋葉社。 地図を頼りに現地に着いてみると、そこには公民館とお堂があった。これがそうかなと近づいてみると、プレートに「秋葉神社 御祭神 秋葉三尺坊大権現」と「地蔵菩薩 御祭神 天照大神 弘法大師 地蔵尊」とあった。なんだろうと戸惑いつつ、少し下がって公民館の建物を見たら、上の方に「秋葉神社」の額が掛かっているのを見つけた。 本当か!? と思う。 扉は鍵が掛かっていて開かなかったので、新聞受け兼賽銭入れのフタをパカっと開けて中を覗いてみたら、確かに室内にお社があった。あれが秋葉社に違いない。 斬新だ…。 今まで多くの神社を見てきたけど、公民館と神社が合体しているのは初めて見た。神社が公民館なのか公民館が神社なのか。 民家と神社が一体化していたり、公園内に神社が組み込まれていることはよくあるけど、公民館の中に神社が飲み込まれるような格好になっているのは、名古屋ではここだけじゃないだろうか。シュールで画期的だ。もはや屋根神様を超えた。
いつ秋葉社が建てられ、いつ公民館に組み込まれたのか、そのあたりの経緯はまったく調べがつかなかった。豊幡町公民館に問い合わせれば何か教えてくれるだろうか。 創建年代についても予測がつかない。 江戸時代の村割りでいうと、ここは日々津村か、上中村か。どちらにしてもその境界線あたりだったと思う。 もともとこの場所にあったかどうかも分からない。土地を失って公民館に引き取られる格好になったのかもしれない。
祭神をわざわざ秋葉山三尺坊大権現としているということは、その系統の秋葉社なのだろう。 三尺坊は長野の戸隠出身の実在の人物とされる。修業を積んで秋葉山で烏天狗になった。後年、熱田の圓通寺(web)に修行僧として姿を現し、火に関する秘法を身につけたとされる。 そのあたりの秋葉山の歴史については可睡齋秋葉社のページで書いた。
公民館の向かって左手にあるのは地蔵堂のようなのだけど、地蔵菩薩以外に弘法大師と天照大神を祀っているらしい。 創建は文化九年(1812年)とある。江戸時代後期だ。
なかなか驚かせてくれる神社だった。神社の有り様も一様ではない。あらためてそのことを思い知ることになった。
作成日 2017.11.9(最終更新日 2019.5.6)
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