鈴之御前社

女神が統べる清浄な祓所

鈴之御前社

読み方 すずの-みまえ-しゃ
所在地 名古屋市熱田区伝馬2丁目6-7 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 天鈿女命(あめのうずめのみこと)
アクセス

・地下鉄名城線「伝馬町駅」から徒歩約3分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度 **

 予備知識なしに出向いていった第一印象は、ちょっと変わった神社だなというものだった。通常の神社とは違う感触のようなものがあった。
 境内にしばらく身を置いて感じたのは、伊勢の神宮系、たとえば瀧原宮に近い感覚だった。
 空間としての清浄さがある。強いエネルギーを発しているというのではなく、気が整っているという感じ。ここは祈りの場所ではなく、もっと特別な何かを行う場なのではないかと思った。あるいは、神は不在なのではとも。
 そんな不思議な感触を持ち帰ってこの神社について調べてみると、私の感じたものはあながち的外れなものではなかったことが分かった。
 ここはかつて熱田社へ行く人が祓いをしてした場所だった。この社にいる神に願い事をする場所ではなかったということだ。だから空間としての清浄さがあり、神は不在なのではないかと私が感じた理由もそこにあったのかもしれない。

 社殿が北を向いているのは珍しいけど、戦後ここに移されたときにそうなっただけで、前の場所では普通に南向きだった。
 かつてはここから200メートルほど東の精進川(今の新堀川)のほとりにあった。ブックオフ熱田とトヨタカローラ愛豊の間あたりだろうか(地図)。東海道を北へ入った正覚寺の東隣だ。

『尾張志』はこう書いている。
「鈴(スズ)ノ御前社 精進川の辺にあり俗に此所を鈴の宮といふ祭神詳ならす府志に天ノ細女ノ命を祭るといへるも一伝説なから猶決めかたし此社もとは東脇村にありしをいつ○かりにかわりけむここにうつし祭れる也とそ徇行記に富江町の内伊助おいふもののうらに往古よりささの宮といへる小祠あり是は鈴の宮の旧址のよし申伝たり(後略)」

 精進川のほとりに移される前は富江町にあって、それは笹宮がある場所だという。
 笹社は現存していて現住所は伝馬1丁目7(地図)となっている。そこが鈴之御前社の旧地だったらしい。
 祭神については『張州府志』ではアメノウズメとしているけど実際のところはよく分からないと書く。
 それに対して『尾張名所図会』は、「鈴御前社(すずのごぜんのやしろ) 正覚寺の東にあり。祭神雨細女命(あめのうずめのみこと)」と断定的に書いている。
 アメノウズメは、アマテラスが天の岩戸に隠れて出てこなくなったとき、踊りを踊って(裸踊りだったとも)アマテラスが出てくるのに一役買ったとされる神だ。ニニギの天孫降臨に従ってサルタヒコと出会い、伊勢でサルタヒコの妻となったともされる。
 神の前で踊るとか芸能の神といった面はあるにしても、祓いの神というのは少し違う気がする。
 ここで最もふさわしいのは瀬織津比売(せおりつひめ)じゃないだろうか。もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流すのがセオリツヒメの役割だ。
 いずれにしてもここでは女神がふさわしい。鈴の宮というくらいだから、鈴を振って祓いをしていたのではないだろうか。古代から鈴の音には神を招く働きと邪気を祓う力があると信じられてきた。拝殿の上に吊られた鈴や、巫女舞いのときの神楽鈴などにその名残が見られる。

 毎年7月31日に茅の輪くぐり(ちのわくぐり)が行われている。訪れた人は手に祓芦(はらえよし)を持ち、茅の輪をくぐって身の穢れを祓い、無病息災を願う。
『尾張名所図会』はこんなふうに書いている。
「六月朔日の夏越の祓(はらい)は大宮の祭なるが、此社の川岸(かし)にて修する故、人々当社の祭事の如くおもへり。則熱田社人一統ここに出でて茅の輪を飾り、五串に五色の弊をさし、各々の蘆の葉に白木綿をつけて解除す。奇観にして、見物するもの群をなせり」
 本来は熱田社の祭祀なのだけど、この社の川辺で行うのでここの祭祀だと思っている人が多いと言っている。見物人が大勢訪れたようだ。
 現在の鈴之御前社は熱田神宮の境外末社で、熱田神宮の神職が祭祀を執り行っている。

 かつては精進川のほとりにあったからこそ祓所となり得たわけで、精進川は人工の新堀川となり、その川からも離れた場所に移されてしまっては、この社本来の役割は果たせなくなってしまったかもしれない。鈴之御前社を熱田神宮の祓所と認識している人は少ないだろう。
 にもかかわらず、今も清浄な空間を保ち続けているのはかなりすごいことではないか。この神の力が強いのか、守り続けてきた人々の思いゆえなのか。
 ぜひ一度足を運んでもらいたい社だ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

祓いの女神が鎮まる鈴之御前社

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