濱鶴ノ宮神社

かつて鶴がいた場所

濱鶴ノ宮神社

読み方 はまつるのみや-じんじゃ
所在地 名古屋市南区浜田町4-62 地図
創建年 1954年(昭和29年)
旧社格・等級等  不明
祭神 熱田大神?(あつたおおかみ)
アクセス JR東海道本線「笠寺駅」から徒歩約20分
駐車場 なし
webサイト  
オススメ度

 神社の西にある名古屋港までは直線距離でも3キロ以上離れているし、ここは浜辺ではなく、ましてや鶴が飛んでくるような場所でもない。なのに濱鶴ノ宮とはどういうことか。
 濱という旧字体を使っているから歴史のある神社かと思いきや、創建は昭和25年とごく新しい。
 戦後復興の中で農地が広がっていたこのあたりも住宅地となっていき、住む人が増えたのでひとつくらい神社も欲しいよねという話になり、建てられたのがこの濱鶴ノ宮神社だ。
 神社がある浜田町も、同じ昭和25年に星﨑町の一部より成立している。町が先だったのか、神社が先だったのか、同時だったのか。
 町名はかつて浜辺に作られた新田があったことから来ている。
 神社は児童公園の一角にあり、隣には田鶴公民館がある。
 最初から公園神社として建てられたのか、後から公園になったのか、そのあたりの経緯もよく分からない。
 田鶴という地名は今はなく、これも調べがつかなかった。浜田町の田鶴という地区にあるから濱鶴ノ宮と名づけたと考えていいだろうか。

『南区の神社を巡る』では祭神を熱田大神としている。
 それが正しければ、熱田神宮(web)から勧請したということだろう。
 相殿に津島社と秋葉社も祀っているという。これは名古屋の屋根神様の典型的なパターンだ。町内神社もこれに準じているものが多い。

 現代の名古屋と鶴は結びつかないけれど、かつての名古屋には多くの鶴が飛来していた。
『万葉集』に収められた高市黒人の「桜田へ 鶴なきわたる 年魚市潟 潮干にけらし 鶴なきわたる」は、そんな光景を歌ったものだ。
 南区の桜、星﨑の西は年魚市潟(あゆちがた)と呼ばれる干潟で、干潟は潮が引くと海底が表れて生物が出てくるからそれを鳥たちは食べていた。
 この歌は、年魚市潟の方に鶴が鳴きながら飛んでいくからどうやら潮が引いたらしいといった意味だ。潮が引いて道が出現すると、旅人は干潮の間に歩いて熱田方面に渡っていた。
 鶴舞の地名も、浜辺で多く鶴がいたことに由来するという説がある。南区には鶴里という地名もある。
 濱鶴ノ宮神社は、そんなかつての光景を未来に伝えるために名づけられたものなのだろう。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

 

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