御嶽神社(八事)

遷座情報が錯綜して混乱気味

八事御嶽神社

読み方 おんたけ-じんじゃ(やごと)
所在地 名古屋市天白区御幸山713番地 地図
創建年 不明
社格等  無格社・十四等級
祭神 大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)
少彦毘古那神(すくなひこなのかみ)
アクセス

・地下鉄鶴舞線「塩釜口駅」から徒歩約20分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 御幸山(かつての音聞山)の中腹あたりにある御嶽神社。
 このあたりの地形は、山、谷、山、谷、みたいなことになっていてすごく行きづらいと感じる。住民の皆さんは慣れているのだろうけど、車で行くのも大変だし、自転車は自転車で急坂が多すぎて大変すぎる。
 近くに塩竈神社や八事神社もあり、このあたりに神社を集めたという印象だ。

 愛知県神社庁に加盟しているので『愛知縣神社名鑑』にも載っている。
「創建は明かではない。明治6年太政官布達により、廃祭となる。崇敬者の熱望により明治12年5月共祭公許となる。明治31年11月今の社地に遷座した」

 明治6年に廃社となっているということは江戸時代にはすでにあったということだ。
 しかし、神社関係者が復活を希望したため、明治12年にその願いが通ったということらしい。
 共祭公許というのは昭和区汐見町の須佐之男社のところでも出てきたのだけど、どういうことをいうのかよく分からない。
 よくあるのが据置公許で、これは廃社にせず据え置くことを公に認めたということで読んで字の如くなので分かりやすい。
 共祭を公に認めるという共に祭るというのは誰と誰が共に祭るということなのか。みんなでということなのか、民と官で一緒に祭るということなのだろうか。
 明治31年に今の社地に遷座したというのは本当なのだろう。
 ただ、別のネット情報によると、明治21年に堀川近くにあったものを現在地に移したというものがあって混乱する。年数もだけど、堀川の近くにあったというのが気になるところだ。
 それとは別に明治33年に中区下前津町から移されたという情報もあって、どれが真実なのか分からなくなる。
 今のところ情報が整理できていない状態だ。

 本家の御嶽神社では、国常立尊(くにとこたちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)の三柱を祀っている。
 八事の御嶽神社では国常立尊が抜けて、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)と少彦毘古那神(すくなひこなのかみ)を祀っているとしている(少彦毘古那神は少名毘古那の間違いだろう)。
 名古屋の御嶽神社はこの二柱の祭神が多いように思う。国常立尊を祀る神社はごく少ない。

 御嶽神社でありながら、御嶽神社らしい濃さはない。
 社殿その他は非常に新しくきれいな状態だ。平成9年(1997年)に整備されたというのだけど、もっと新しいように見える。その後、また最近建て直したりしただろうか。

 この御嶽神社は、いつどこから移ってきたのかはっきりしない。確かな情報源からの情報が得られたら、書き足すか直すかしたい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

いつどこから移ってきたのか八事御嶽神社

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