上野天満宮

安倍晴明一族創建の伝説も残る天神社

上野天満宮鳥居と拝殿

読み方 うえの-てんまんぐう
所在地 名古屋市千種区赤坂町4丁目89番地 地図
創建年 伝990年頃(平安時代中期)
社格等 四級社
祭神

菅原道真(すがわらのみちざね)

アクセス

・名古屋市営地下鉄名城線「茶屋ヶ坂駅」から徒歩約15分
・市バス/名鉄バス「谷口停留所」から徒歩約8分
・駐車場 あり(無料)

webサイト 公式サイト
オススメ度 **

 山田天満宮桜天神社とあわせて名古屋三大天神ということになっている。
 祭神は学問の神様、菅原道真ということで、それにあやかろうと受験シーズンには大勢の参拝者が訪れる。
 3つの名古屋天神を回って御朱印を集めるといいことがあるとかないとか。

 創建は平安時代中期、陰陽師で天文博士だった安倍晴明(921-1005年)は、花山天皇退位に絡む政変に巻き込まれ、京を追われて遠く尾張の田舎に一族とともに飛ばされたという。
 同じように九州太宰府に左遷された菅原道真(845年-903年)に自分を重ね合わせ、道真を祀る社を建てたのが上野天満宮の始まりということだ。
 その後、政権交代で都に戻る許可が出て2、3年で京都に戻っていったという。
 その話を信じるなら、花山天皇退位が986年なので、上野天満宮創建はその1、2年後となる。
 しかし、これは公式なものではなく、そういう話が伝わっているというだけだ。安倍晴明が名古屋に移り住んだという記録はない。
 ただ、近くには晴明神社があり、清明山(字違い)という地名も残っていることから、まったくの作り話とも言い切れない。安倍晴明が京を追われたとされる間の公式記録はない。
 晴明本人が来ていないとしても一族の誰かがこの地に住んでいた可能性はありそうだ。
 上野天満宮を紹介するときは必ず上のようなエピソードが紹介されて、それ以外の説が出てこない。それはどうしてだろうとも思う。実際に平安時代中期の創建であれば、もっと社格は上がっているはずではないのか。明治以降も村社にもなっていない。

 とても明るくて影のない神社だ。商売上手で宣伝もよくしてるし、メディアの登場も多い。
 そういうこともあって、受験シーズンのみならず初詣や梅の季節をはじめ、年間を通じて訪れる参拝者は多い。
 ひと言で言うと人気のある神社、ということになる。これはこれで神社としてひとつの在り方だと思う。
 ただ、実際のところここがどういう神社なのかよく分からないというのが個人的な印象なのだった。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

シーズンオフの上野天満宮を訪れ、ちょっと願い事
上野天満宮の梅はまだ
晴明殿建築中の上野天満宮を訪ねる
完成した晴明殿を上野天満宮に見にいく

HOME 千種区

スポンサーリンク
Scroll Up