中村天神社

中村にも天神さんはある

中村天神社

読み方 なかむら-てんじん-しゃ
所在地 名古屋市中村区名楽町3-16 地図
創建年 不明
社格等  十五等級
祭神

菅原道真(すがわらのみちざね)
豊受大神(とようけおおかみ)
迦具土命(かぐつちのみこと)
熱田大神(あつたおおかみ)

アクセス

・地下鉄東山線「中村日赤駅」から徒歩約14分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋には三大天神と呼ばれる神社がある。
 北区の山田天満宮、千種区の上野天満宮、中区の桜天神社がそれとされている。東区に七尾天神社もあるのだけど、やや知名度は低い。
 ここ中村天神社は名古屋駅以西の人たちからするともっと親しい天神社なのかもしれない。
 受験シーズンに訪れてみるとその神社の人気度が分かるのだけど、このときは初夏。おばあちゃんが熱心にお参りをしていた。

『愛知縣神社名鑑』にも、神社の由緒書きにも、もともと名古屋城三の丸の清水御門近くにあったものを、明治にこの地に移したとしている。
『愛知縣神社名鑑』は、
「元名古屋城清水御門内艮(東北)守護神として鎮座のところ明治維新に際し中村土地会社(開発)設立と同時に今の社地に遷座産土神として尊崇する」と書き、
 神社由緒書きでは、
「初め徳川尾張藩名古屋城清水御門の杜に祀られていました 明治四十三年十月二十五日 当地愛知郡中村郷日比津宇野合の守護神として名古屋城より遷座お迎えして以来 勉学の先達として土地住民の尊崇の中心となりました」と書いている。
 それぞれの話をまとめると、名古屋城三の丸の清水御門の杜で東北の鬼門除けとして祀られていたものを、明治43年に中村土地会社が建てられることになり、中村の日比津宇野合のこの地に移された、ということだ。

 いくつか分からないことがある。
 この神社が創建されたのは、名古屋城築城の前か後か、という点がひとつ。
 もうひとつは、清水御門の内か外かという点だ。
「清水御門内艮守護神」ということは三の丸の内側で、艮(うしとら/東北のこと)の方角を守る守護神とされていたという理解でいいのだろうか。それとも、「清水御門の杜」が門の外にあって、神社はそこにあったということか。
 清水御門は三の丸の入り口として設けられた5つの門のうちのひとつで、北側にあった(あとの4つは東の東大手御門、南の本町御門と御園御門、西の巾下御門)。
 現在の地図でいうと、名城公園南交差点あたり(地図)だと思う。mapionの水色で塗られたエリアが江戸期の名古屋城三の丸に当たり、地名としても三の丸がそのまま残っている。
 ここより北は「おふけ」と呼ばれる湿地帯だったのだけど、名古屋城築城の頃に描かれた古い絵図にはこの神社に相当するようなものは見られない。
 では、名古屋城築城後に創建されたのかといえば、それもどうなんだろうと思う。
 尾張藩初代藩主の徳川義直は菅原道真を尊敬していて、山田天満宮は義直が藩士の学問奨励のために建てさせたとされているし(2代光友という話もある)、七尾天神社を整備させたのも義直だ。
 中村天神社がそういう神社であったとすれば、そういう話が伝わっているはずで、それがないとなると創建のいきさつは尾張藩主導でなかった可能性が高い。
 そもそもの話でいうと、ここは清水御門時代、本当に菅原道真を祀る天神社だったのだろうか、という疑問がある。

 現在の祭神は、菅原道真に加え、豊受大神、迦具土命、熱田大神となっている。
 途中で神明社や秋葉社を合祀したのだろうけど、熱田大神が入っているのはどういうことだろう。
 社殿の形式はまったく天満宮らしくなくて、むしろ熱田区などでよく見かける神明社のものに似ている。これは明治に移されたときからのものなのか、戦後に建て直されてこうなったのかは分からないのだけど、拝殿前に牛の像がなければ、ここが天満宮だとは思えないくらいだ。
 境内社として稲荷社がふたつあって、片方が豊川稲荷大明神、もう一方が伏見稲荷大明神となっている。これもちょっと珍しい。
 もともとは天神社以外の神社だったものが江戸期のどこかで道真を祀る天神社になった可能性はある。ただ、そう決めつける材料もない。

 もうひとつちょっと気になったのが「中村土地会社(開発)設立と同時に今の社地に遷座」という部分だ。
 中村土地という会社が神社のある場所に社屋を建てることになって邪魔だから他へ移したということなのか。どうしてそれが西に4キロも離れた中村の日比津だったのか。
 栄生町八幡社にしてもそうだけど、邪魔になった神社は中村にやってしまえというのが当時の決まり事みたいになっていたのだろうか。

 明治に移されたときは本殿しかないやや寂しいものだったという。
 大正期に入って、市民や企業などが石灯籠や石鳥居、牛像などを寄進して神社としての体裁が整ったという話が伝わっている。
 いずれにしても、現在の中村天神社は道真を祀る天神社として認識されているわけで、中村一帯の受験生や親たちがこの冬も合格祈願のために訪れるのだろう。社殿が天満宮らしくないとかは関係ない。初夏のこの時期は、道真さんも忙しさから解放されて、のんびりしている頃ではないだろうか。
 三の丸にあった清水御門は、一宮の妙興寺(総門)に移築されたと伝わっている(春日井市上条町の泰岳寺にある門がそうだという説もある)。
 中村土地会社がその後どうなったかは知らない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

手作り感のある中村の天神さん

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