牧野神明社

椿神明社とセットの神明社

牧野神明社

読み方 まきの-しんめい-しゃ
所在地 名古屋市中村区太閤1-18-7 地図
創建年 不明
社格等 郷社・十二等級
祭神

天照大御神(あまてらすおおみかみ)

アクセス

・鉄道各社「名古屋駅」から徒歩15分から20分。
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 同じ中村区内にある椿神明社と対になる神社。
 鎌倉時代以前より中村区、中川区一帯に伊勢の神宮の神宮領があり、椿神明社を外宮に、牧野神明社を内宮に見立てて、それぞれトヨウケヒメとアマテラスを祀った。
 創建については不明のため、最初からそういう目的で建てられたのか、あとからそういうことになったのかは分からない。
 神宮の荘園は一楊御厨(いちやなぎのみくりや)と呼ばれたことや、近くを流れる笈瀬川(おいせがわ)が御伊勢川から来ているらしいこと、甘酒のエピソードなど、牧野神明社について書くべきことはだいたい椿神明社のところで書いてしまった。
 なので、椿神明社のページを参照していただければと思う。

 ひとつ大きく違う点は、こちらは空襲で社殿が焼けているということだ。距離にして700メートルほどが明暗を分けることになった。
 昭和20年3月19日は、名古屋への大規模な空襲が行われた日で、それまでの軍需工場から都市部へと目標を変えたことで多くの犠牲が出た。
 家屋など3万戸以上が焼け、一夜にして15万人が被災し、死者は800人を超えた。
 そんな中で牧野神明社も社殿を焼失することになった。
 再建されたのは戦後の昭和27年のことだ。

 神社の隣には、名古屋朝鮮初等学校がある。戦後すぐの昭和20年(1945年)9月25日に開校した愛知朝鮮第一初級学校を母体としている。
 2017年3月、北朝鮮のミサイル発射に対抗する措置の一環として、名古屋市は補助金の一部を凍結した。
 名古屋市内の神社を紹介するとき、多くの神社で空襲によって社殿が失われた歴史を繰り返し書かなければならない。とても残念なことだ。
 名古屋城天守も空襲で焼けなければ当然国宝で、世界遺産に登録されていただろうし、木造で再建するのどうのともめることもなかった。
 神社にはそういった歴史を語り継ぐ装置としての役割もある。悲しいことだけど忘れないためには必要なことだ。

 ところでこの神社、どの入り口にも社号標がない。神社の名前が彫られた石柱のことだ。この規模の神社で社号標がないというのはかなり珍しいんじゃないかと思う。傷んで撤去したままになっているのだろうか。最初からなかったはずはないと思うのだけど。
 境内の雰囲気は明るく軽やかで、なかなかいい空気感だったことを書き加えておきたい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

牧野神明社はどこか大らかな感じ

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