神明社(八家町)

元は中野外新田村の八劔社?

八家町神明社

読み方 しんめい-しゃ(やつや-ちょう)
所在地 名古屋市中川区八家町1-127 地図
創建年 不明
社格等 村社・十五等級
祭神

天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)

 アクセス

・あおなみ線「南荒子駅」から徒歩約18分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 八家町(やつや-ちょう)にある神明社ということで、八家神明社と呼ばれている。
 ここは江戸時代の村でいうと何村になるのだろう。中野外新田だった中野新町のすぐ北だから、ここも中野外新田村だったのだろうか。
 しかし、同じ村の中の近い場所に二つも神明社があっただろうかという疑問を持つ。
『尾張志』には「神明社 八劔社 中野外新田にあり」とある。
 なので、八劔社は中川運河(かつての中川)の東にある八剱町の八剱社地図)がそれに当たるのかと思っていたのだけど、もしかするとこの神明社が中野外新田村にあった八劔社なのかもしれない。
 というのも、ここは神明社といいながら、中川区の史跡散策案内webサイトによると1810年創建で、「祭神は熱田神宮・八剱社・秋葉社の神々」としているからだ。
 確かにここは神明社らしさがなくて、本殿も神明造ではなく流造になっている。神明社ではなく本来は八劔社だった可能性が考えられる。
 1810年創建といえば江戸時代も後期だ。新田開発に伴ってどうこうという話ではなかっただろう。中野外新田村も住人が増えて、もう一社くらい神社を増やそうという話になったのかもしれない。そうであれば、すでにある神明社ではなく別の神社を建てたという方が自然だ。
 もともと八劔社だったものが神明社になったとすれば、それは明治に入ってからだろう。どういういきさつでそうなったのかは分からない。
 実はここは中野外新田村ではなく、この神社も最初から神明社だったという可能性もある。
『愛知縣神社名鑑』は「創建は明かではない。明治5年、村社に列格する」とあっさりした説明のみとなっている。

 拝殿前にある大きなクロマツが印象的だった。
 写真を撮っていると自転車で乗り付けた小学生たちが拝殿に上がり込んでゲームを始めた。
 それもまた、21世紀の神社風景ということで、全然嫌な気はしなかった。
 神社は由緒も大事だけど、今どうあるかも大切なのだということに最近気づいた。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

八家町神明社はクロマツで覚えておく

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