内浜神社

街道沿いの松並木にあって誰を祀ったのか

内浜神社

読み方 うちはま-じんじゃ
所在地 名古屋市瑞穂区内浜町13 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・地下鉄名城線「堀田駅」から徒歩約10分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 瑞穂区南西部にある内浜町。内浜公園の一角にある神社が内浜神社だ。
 西隣は浮島町で、北は塩入町と、海辺を思わせる地名が多いのは、かつてこのあたりが実際に海辺だった頃の名残だ。
 それも遠い昔ではなく、江戸時代初めまでそうだった。江戸時代前半から明治にかけて、遠浅の海を干拓して新田開発をした。熱田区の南から、南区の西側、港区全域はそうやって陸地化された土地だ。
 内浜町も今ではすっかり宅地化されているけど、昭和の前半まではアシ(ヨシ)が一面を覆う野原だったという。今ではその光景を想像するのは難しい。

 境内入り口近くに、この神社の歴史についての説明を記した石碑がある。
 それによると、慶応の頃は東海道沿いの八丁畷の松並木の土手にあったという。
 慶応は幕末の1865年から1868年のことだ。創建がこの頃なのかそれ以前なのかは分からない。
 八丁畷(はっちょうなわて)は、宮の宿から八丁(約900メートル)の場所にあった松並木の姿から名付けられたもので、現在の内浜神社から見て400メートルほど東ということになる。松田橋交差点(地図)のあるあたりだ。
 海辺の街道に松が立ち並ぶ光景は景勝地となっていたようだ。
 その後、東海道が国道1号線となり、その拡張工事に伴って現在地に移されたのが昭和12年(1937年)だそうだ。
 昭和20年(1945年)8月の空襲で焼け、昭和23年に再建するも、昭和34年(1959年)9月の伊勢湾台風で被害を受けたようだ。
 現在の社殿は遷座30年を記念して昭和42年(1967年)に修造したとある。
 このように神社の経緯は詳しく書かれているのに、肝心の祭神については何も書かれていない。内浜神社という名前だけでは予測のしようもなく、お手上げとなる。愛知県神社庁への登録もない。
 海辺の街道沿いにあったことを考えると、旅人の安全祈願のための社だっただろうか。ふさわしいのは金毘羅あたりかもしれないけど、なんともいえない。場所柄からすると熱田社かもしれないし、時代を考えると神明社かもしれない。秋葉社もなくはない。
 中央に大きめの社があり、左右に小さめの社があるこの三社パターンは、熱田社、津島社、秋葉社であることが多い。

 内浜神社について分かったことはこれくらいだ。今後何か分かれば追記したい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

社名と遷座の経緯しか分からないのがもどかしい内浜神社

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