城山八幡宮

織田一族の夢と野望の跡に建つ神社

城山八幡宮拝殿と参拝者

読み方 しろやま-はちまんぐう
所在地 名古屋市千種区城山町2-88 地図
創建年 1908年(明治41年)
社格等  村社・四等級
祭神

應神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)

木花開耶媛命(このはなさくやひめのみこと)
大山祗神(おおやまつみのかみ)
菊理媛命(くくりひめのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)

アクセス

・地下鉄東山線「本山駅」から徒歩約8分
・地下鉄東山線「覚王山」から徒歩約12分
・駐車場 あり(境内/無料)

webサイト 公式サイト
オススメ度 **

 城山八幡宮の創建をいつとするかは判断が分かれる。
 もとを辿れば、現在地の北東約300メートルほどにあった八幡社が始まりで、その創建は定かではないものの1400年代もしくは1500年代前半あたりと考えられている。住所でいうと、春里町2丁目の南端あたりとされる。
 現在の城山八幡宮がある敷地は、戦国時代に末森城(すえもりじょう)があった場所だ。
 丘陵地帯のこのあたりでも頭一つぽっこり出た標高43メートルの小山で、古くから末森山と呼ばれていた。
 周辺では6世紀後半とされる古墳がいくつか見つかっており(城山古墳群)、須恵器や埴輪なども発掘されている。窯跡も見つかり、末森の末は陶器を表す陶(すえ)から来ているのではないかという説がある。
 そこに目を付けたのが信長の父・信秀だった。尾張の覇権を争う中で、古渡城(現在東別院になっているところ)から新に末森城を築いて移ってきたのが1548年のことだった。
 しかし、信秀は1551年に病気で死去してしまう。享年42。家督を継いだ嫡男の信長はこのとき18歳だった。
 父に代わって末森城に入ったのは、信長の2歳下の実の弟・信行(信勝とも)だった。このとき16歳。
 うつけものと言われて織田家の家臣からもうとまれていた信長と違って、礼儀正しく有能でもあった信行に織田家を継いで欲しいと願う者も多かったという。柴田勝家なども最初は信行の側にいた。
 末森城主の信行は、加賀国の白山比咩神社から勧請して城内に白山社を創建した。これもまた、城山八幡宮につながる社だから、ここを創建とするのも間違いではない。
 それにしても、どうして白山の神だったのだろう?
 近くにはすでに八幡社もあっただろうから、それを城内に移してもよかった。
 白山信仰はこの時代すでに神仏習合して久しいから、白山比咩大神(菊理媛神)というより白山大権現を祀っていたはずだ。ただ、戦国時代は加賀の一向一揆や焼き討ちなどで白山本宮などは衰退期に入っていた(江戸時代に入って前田利家が再興した)。そんな時期にあえて白山神を呼んで祀るというのはどういう意図だったのか。織田家はもともと越前の出ということで白山に対する特別な思い入れがあったのだろうか。
 これから戦に勝ち抜いて尾張統一、全国統一を目指そうという人間が頼るには白山権現ではちょっと弱くないかと思うのは現代人の感覚に過ぎないのだろうか。戦国時代の人間にとって白山神は頼りになる神という存在だったのか。実際、真田一族は白山神(山家神社)を守護神としていた(NHK大河ドラマ「真田丸」で白山大権現の軸が架かっていたことに気づいた人もいるだろう)。
 信行という人は、争いに勝って覇者になることよりも、己を律し、平和な世の中を願う気持ちの方が強かったのかもしれない。
 信行は織田本家の信友と組むなどして信長に対抗するも、信長の仮病の見舞いに清洲城まで出向いていって謀殺されてしまう。1557年。享年22。
 末森城はほどなく廃城になったという。

 1908年(明治41年)、末森城址にあった白山社や、末森村にあった浅間社、山神社、一ノ御前社を八幡社に移し、あらためて創建とした。
 こういった経緯を踏まえると、現在の城山八幡宮の創建はこの年とするのがいいように思う。
 1912年(明治45年)に末森城址が八幡社の所有となる。
 1936年(昭和11年)、現在地に移る。
 1956年(昭和31年)に城山八幡宮と改称した。

 本殿裏手に、連理木(れんりぼく)と呼ばれるアベマキの古木がある。高さ15メートル、幹周り4メートルで、名古屋市内最大のアベマキとされる。
 幹の途中から一度別れて、その後再びひとつになっていることからそう名付けられ、夫婦円満、良縁祈願のご神木とということになっている。
 城山八幡宮は、高牟神社、山田天満宮とともに恋の三社めぐりのひとつになっていることから、若い女性の参拝客も多い。

 織田信秀、信行親子の死にまつわる城跡に建つ八幡神社。その本体を何と見るべきか。あまり八幡神社らしさは感じない。寄り合い所帯ということもあって、もともとの八幡社の気のようなものは薄まっているといえそうだ。白山の神も、もはや主役ではないように思う。
 どういう神社かと訊かれてひとことで説明するのは難しい。ごく簡単に言えばいい神社ということになるだろうか。好きな神社と言ってもいい。
 信行はきっといい人だったんだろうなと想像する。10代後半で選んだ神が白山権現というあたりにもそれが表れているように思うけど、実際のところはよく分からない。自分がもし信長の弟に生まれたとして、無事に戦国を生き抜くことができるだろうかと考えると、信行に対して同情的な思いを抱かずにはいられないのだった。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

三が日で三ヶ所目の城山八幡宮は恋の三社めぐりの出発点

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