八坂社(上野天満宮に合祀)

今はなき八坂社

上野八坂社

読み方 やさか-しゃ
所在地 名古屋市千種区上野一丁目4番21号 地図
創建年 不明
社格等 十三等級
祭神

健速素盞嗚尊(たけはやすさのおのみこと)

アクセス

・名古屋市営地下鉄名城線「茶屋ヶ坂駅」から徒歩約15分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度  

 2010年に一度だけ訪れたことがあって、久しぶりに再訪してみたら消えてなくなっていたのでびっくりした。久々だったから場所を間違えて記憶していたのかと地図を確認すると間違っていない。ネットの地図にはまだ表記がある。しかし、あるべきはずのそこに八坂社はない。消えてなくなったのは紛れもない現実だった。
 それ以来、一体何があったんだろうと気になっていた。しばらく経って、その経緯を知ることになった。上野天満宮に合祀されたのだという。ただ、その話を聞いてもにわかには信じられなかった。合祀ってどういうこと? 社が上野天満宮の境内に遷されたってことなのか? それとも、八坂社自体がなくなってしまったということか?
 真相を確かめるべく上野天満宮に出向いていってみると、なにやら新しい建物を建てている最中で、大がかりな工事をしている。そして、以前あったいくつかの境内社が消えてなくなっている。何事だこれは!? と、二度驚くことになった。

 状況を整理するとこうだ。
 そもそも八坂社は上野天満宮の境外社という扱いになっていたらしい。それがどういう事情かは分からないのだけど、2015年(平成27年)に八坂社は上野天満宮と合併したという。
 合祀と合併は違うのか?
 合祀祭というのが行われたらしいから、本社に合祀されたということなのだろう。それはつまり、八坂社はなくなってしまったということだ。合祀というのは祭神を本社に移して祀るということで、八坂社の遷座とは違う。せめて境内社として残して欲しかったのだけど、それもないようだ。これはすごく残念なことだ。
 大がかりな工事は、あらたに晴明殿なる建物を新築しているところだったようで、これがどういったものなのかはよく分からない。名前からして安倍晴明関係には違いないのだけど、安倍晴明を祀る境内社なのか、それとは違う建物なのか。
 webサイトの「音響と照明に工夫をして大きなガラス張りの明るい社殿です」というのを読む限り、普通の社殿とは思えない。
 少し離れたところに安倍晴明を祀る晴明神社があり、上野天満宮の宮司が兼ねている。ただ、上野天満宮の境外社という扱いではないはずだ。もしかしてこれを移すのかと心配したけど、それはなさそうだ。
 晴明殿は今年2017年10月25日完成予定というから、出来たら見にいかないといけない。
 そんなわけで、八坂社はもうない、というのが結論であり現実だ。かつてあった場所に社殿の跡形もなく、境内だったところは永弘院の駐車場になってしまっている。

『愛知縣神社名鑑』には、「創建は明かではないが永弘院蔵書第十二代梁山弾材和尚弘化三年(1846)の古記録に八坂ノ社を記載あれば」とある。
 京都の祇園社から勧請して祀ったという。それはスサノオではなく牛頭天王だったはずだ。
 祇園社は創建当初、祇園天神という神を祀っていたとされ、牛頭天王が習合したのは平安後期もしくは鎌倉期とされる。
 八坂神社に社名が変わるのは明治以降のことで、神仏分離令によって祭神もスサノオ(素戔嗚尊)とあらためることになった(古い神社でありながら『延喜式』神名帳に載っていないのは、もともと寺院だったからと考えられている)。
 いずれにしても、江戸時代後期の1846年の記録に「八坂ノ社」という表記があったとは思えない。
『尾張志』の鍋屋上野村の項を見るとこうなっている。
「鍋屋上野むらにあり 浅間社 天王社 一御前社 八王子社 愛宕社 天神ノ社」
 天王社が後の八坂社のことだと思われる。
 天王社と八王子社との関係がどうだったのかは分からないのだけど、八王子は牛頭天王の八人の皇子を祀っていたはずだから、まったく無関係だったとは思えない。
 その八王子社は後に中区新栄に移されている。
 それにしても、どうして尾張国にある津島神社からではなく京都の祇園社から牛頭天王を勧請したのだろう。津島神社からの勧請の場合、明治以降は須佐之男社や津島社に名前が変わっていて、それが八坂社にしたということはやはり祇園社からの勧請と見るべきなのだろう。名古屋でここ以外に祇園社から勧請したとしている神社はあるのだろうか。
 少なくとも愛知県神社庁に登録している八坂社という名前の神社は他にない。そういう意味でも貴重だったから残してほしかった。晴明殿が完成したら境内社として復活するという可能性はないのだろうか。

 こんなことになるんだったら一度はちゃんと参拝して写真を撮っておくべきだった。もはやそれは叶わない。
 平成まで生き残った神社ならこの先も大丈夫だろうと思うと案外そうではない。ここ10年以内に消えた神社も少なくない。
 だからこそ、今ある神社を今のうちに回っておく必要がある。
 そこにあるはずの八坂社が消えてなくなっているのを見たときの呆然とした感覚は、この先も長く消えずに残りそうだ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

 

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