不明社(小坂町)

ここは塩付街道と飯田街道の交差点

小坂町不明社

読み方 ふめい-しゃ(こさかちょう)
所在地 名古屋市昭和区小坂町2丁目15 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・地下鉄桜通線「吹上駅」から徒歩約8分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 旧飯田街道と旧塩付街道が交差する合流点にある小さな社。
 もともとここにあった社であれば街道の守り神として建てられたと想像できる。
 しかし、祭神が熱田社・伊勢神宮・津島社・秋葉社・高牟神社なのだという。となると、屋根神様か庭神様をここに移したものである可能性が高くなる。
 気になるのは高牟神社が祀られているという点だ。
 高牟神社地図)はこの社の北西1.6キロほどのところにある式内社の高牟神社のことで、暮れと正月には高牟神社から神職に来てもらって祭礼を行っているという。
 高牟神社から勧請した神社というのはほとんどないはずなのだけど、もともとは千種区のどこかのお宅で祀っていた神社なのかもしれない。
 現在は昭和区の小坂町の町内で管理していて、町内会費で運営されているとのことだ。
 社の階段が壊れたりしていて少し荒れているのが気になった。お金をかけなくても簡単な補修や掃除くらいならできる。

 塩付街道(しおつけかいどう)は、星﨑あたりで作った塩を運ぶために自然発生的にできた道といわれている。
 先の尖った格好をした笠寺台地の先端が星﨑で、台地の西と南は海だった。呼続浜(よびつぎはま)と呼ばれた海岸で盛んに塩作りが行われていて、前浜塩というブランド品だった。
 塩付街道の起点についてはいくつかの説があってはっきりしない。星宮社地図)のあたりだったか、富部神社地図)のあたりなどとされている。
 そのあたりでいったん集められた塩を馬に乗せて運んでいた。そのため、街道沿いには馬頭観音や地蔵堂が置かれ、その一部が現存している。
 塩付街道を北上して飯田街道と合流し、信州方面に向かうものと更に北上するものとが分かれ、北上したものは古出来町で山口街道と合流し、更に北上して水野街道(瀬戸街道)ともつながっていた。

 飯田街道は飯田方面につながる道の総称で、たくさんあって必ずしも一本の道の呼び名ではない。
 現在は、新栄の南から吹上、八事を通って平針方面に斜めに抜ける153号線を飯田街道と呼んでいる。
 これは名古屋城下から駿河方面に向かう駿河街道が元になっている。
 または家康が岡崎と名古屋城を最短距離で結ぶ道を整備したことで岡崎街道と呼ばれることもあった。
 江戸時代の駿河街道は、名古屋城下の伝馬町から東へ進み、駿河町で南東に方向を変えて、八事を通って平針宿に至り、岡崎街道と分かれて北方向に向かって赤池、挙母を通り、三峰峠を越えて足助に出て、更に伊勢神峠を越えて稲橋へ、根羽で北まわりの道と合流して飯田に出るというコースだったようだ。
 その他、大曽根から大森、瀬戸方面に向かう道や、大曽根から末盛、高針、岩崎を通って猿投に向かう道も飯田街道(信州飯田街道)と呼ばれていたという。

 上の写真でいうと、左の道が塩付街道で、右に少し写っているのが飯田街道だ。
 ここから塩付街道を南に行くと石仏の白山社があり、飯田街道を南東に向かうと川原神社がある。
 旧街道歩きというと東海道や中山道を思い浮かべる人が多いと思うけど、こういった地元のマイナーな旧街道歩きもなかなか面白い。鎌倉街道くらい古くなると痕跡がほとんど残っていないものの、名古屋や近辺の佐屋街道や美濃路などはそこそこ名残があって歩くと楽しめると思う。
 街道沿いの小さな社やお堂などは歴史の証人であり、忘れ形見のようなものだ。ちょっと気に留めてあげてやってほしい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

 

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