神明社(四番町)

熱田新田で最初に建てられた神明社

四番町神明社鳥居と拝殿

読み方 しんめい-しゃ(よんばんちょう)
所在地 名古屋市熱田区四番2丁目5-6 地図
創建年 1651年(江戸時代前期)
旧社格・等級等 村社・十二等級
祭神 天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
月読尊(つくよみのみこと)
須佐之男命(すさのおのみこと)
アクセス 地下鉄名港線「六番町駅」から徒歩約8分
駐車場 なし
その他 例祭 10月10日
オススメ度

 熱田区四番にあることから四番町神明社とも呼ばれる。正式名は神明社だ。
 ここも熱田新田にまつわる神社のひとつで、熱田新田に創建されたものの中では最古とされる。
 熱田新田の開発は、尾張藩初代藩主・義直の命によって行われた藩の大事業で、正保3年(1646年)に始まり、3年後の慶安2年(1649年)に完成した。
 しかし、開発が実質的に始まったは20年前にさかのぼる。ここは干拓によって作られた新田で、まずは海の水をせき止めるための堤防作りから始まった。それが寛永3年(1626年)のことだ。
『愛知縣神社名鑑』にも神社創建にまつわる話としてそのあたりのことが書かれている。
「社伝に寛永3年(1626年)、熱田新田を開拓せんと水止堤防構築の鍬入式を行う。二十年苦行の後、慶安2年(1649年)完成する。尾張二代藩主光友喜び粟田春太夫をして慶安4年(1651年)9月11日、社殿を造営。牧田の守護神として祀る」
 新田の完成を喜んだのは二代藩主の光友だったとあるように、尾張藩も代替わりしていた。初代藩主の義直が死去するのは1650年6月だから、新田完成には間に合った。
 ここでは神社の創建年は新田完成から2年後の慶安4年(1651年)としている。

 神社の境内にある由緒書きは少し違っている。
 1626年の9月11日に、伊勢の神宮(web)から大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ/天照大神)、月読尊、日本武尊の三柱の神を勧請して奉る、としている。
 1626年は干拓が始まった年だから、同時に神を祀ったというのが神社側の見解のようだ。
『名古屋市史 社寺編』(大正4年/1915年)は、熱田新田が完成した慶安2年(1649年)に勧請されたと書いている。
 考えられるとすれば、干拓工事の最初に伊勢の神宮からアマテラスなどを勧請して祀り、神社を建てたのが1649年から1651年にかけてということか。
『尾張徇行記』(1822年)はこう書く。
「熱田社人粟田春太夫書上張ニ、四五ノ割神明社内二畝十三歩御除地、是ハ慶安四卯年氏子共造立ナリ」
 ここでは創建を慶安4年(1651年)としている。熱田社人の粟田春太夫が管理していたようだ。
『尾張志』(1844年)にはこうある。
「同所(熱田神前)にあり日ノ神月ノ神日本武尊素盞鳥尊を配享すといへり當社はこの新田開発の最初に勧請したりとそ是當所四五番割の氏神也」
 日の神、月の神、ヤマトタケル、スサノオを一緒に祀っているとあるので、単純に伊勢の神宮から勧請したといった神社ではなかったのかもしれない。日ノ神、月ノ神がそのままアマテラスとツクヨミとは限らない。ヤマトタケルとスサノオが入ってくるとなると伊勢の神宮は関係ないし、熱田社からも勧請したということか。
 祭神の顔ぶれとしてこの組み合わせは異例だ。名古屋では他にないんじゃないかと思う。明治以降もそのまま踏襲したということになる。

 藩主の義直、光友が関わっているということで、江戸時代を通じて尾張藩から大事にされたようだ。文化8年(1811年)、天保10年(1839年)、嘉永7年(1853年)にそれぞれ修造した記録が残っている。
 明治に入っても、明治9年、22年、45年、大正10年、昭和9年に社殿を改修している。
 昭和34年の伊勢湾台風で社殿はすべてが倒壊したという。現在の社殿は昭和37年に再建されたものだ。
 今昔マップを見ると、明治以降、場所は大きく動いていない。江戸時代の最初からここに建てられただろうか。南に船方小学校ができたときに少し北に動かされたかもしれない。

 境内社というより独立した格好で竜神社が隣接している。中ではつながっているものの、竜神社の鳥居があって、入り口は別になっている。
 祭神を綿津見神(ワタツミ)としている。
 ワタツミは海の龍宮に棲む竜神ともされており、八大竜王ともいわれる。
 神明社よりも後から創建されたか、別の場所から移されたかしたのだろうけど、場所柄を考えると竜神を祀る神社はこの地にふさわしい。なにしろここはもともと海だった場所だ。いわば竜神の住みかを多少なりとも奪ったということで、竜神を鎮めるための神社はなくてはならない。
 アマテラスに五穀豊穣を願い、ワタツミの怒りを鎮めてこそ、この地は人にとって恵みをもたす土地となる。
 伊勢の二見浦にある二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ/web)の境内社・竜宮社でも綿津見神を祀っているから、それにならったとも考えられる。
 アマテラスと竜神とではそれぞれ役割が違って、補完し合う関係ともいえるから、この組み合わせはいいんじゃないかとあらためて思った。
 実際、この神社もいい具合に鎮まっているように感じられた。

 

作成日 2017.5.14(最終更新日 2019.9.1)

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