白山社(木之免町)

寺の鎮守で古い白山権現

木之免町白山社

読み方 はくさん-しゃ(きのめ-ちょう)
所在地 名古屋市熱田区木之免町303 地図
創建年 不明
社格等 村社・十五等級
祭神 菊理媛命(くくりひめのみこと)
アクセス

・地下鉄名城線「伝馬町駅」から徒歩約11分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 なんだかすごいロケーションにある神社だ。住宅街の中にあって両隣と背後を民家に囲まれている。社殿のあるところはブロック塀で囲っているものの、なんだか晒され感が強い。引っ越しの途中のような雰囲気もあって、なんというかこの場に馴染んでいない感じがする。
 しかし、近年ここに移されてきたのかと思うとそうではなく、元々寺の中にあったものが、寺だけ引っ越して神社は残ったということらしい。

『愛知縣神社名鑑』は書いている。
「社伝に、文保元年(1317)熱田幡屋村金宝山地蔵院山門守護神として勧請せられた。天正四年(1576)地蔵院は熱田田中村に移ったがそのまま鎮座した。寛永十年(1633)地蔵院の支配を離れて木之免町の氏神となった。明治5年、村社に列格した」

 鎌倉時代末に創建されたというからなかなか古い。全然そんな古社には見えないのだけど。
 金宝山地蔵院を守護する目的で白山権現を祀る社を境内に置いたということのようだ。
 戦国時代の1576年に熱田の田中村に地蔵院は移され、白山権現は残った。
 江戸時代前期の1633年には地蔵院から完全に独立して木之免町の氏神となったという流れだ。

『尾張名所図会』の絵図の中に地蔵院が載っている。圓福寺という大きな寺があり、やや離れたところに小さく地蔵院と大法寺がある。
 地蔵院は、熱田の祭主、牧権太夫奉忠(ともただ)の後室(未亡人)が1317年に開山したと伝わる寺だ。最初、亀命寺と号し、文和年間(1352年-1355年)に地蔵院に改めたとされる。
 牧奉忠は鎌倉殿(鎌倉幕府の棟梁)ともゆかりがあったということもあり、一時は大伽藍を持つ寺院だったようだけど、戦国時代に荒廃し、1576年に今の場所に移して再興したという。
 鎮守の白山権現が最初から祀られていたのか、後からなのかは分からない。寺の鎮守ということで、神仏習合の白山権現だったはずだ。祭神をククリヒメとしたのは明治以降のことだろう。
 白山の読み方は「しらやま」ではなく「はくさん」だと思う。

 神社がある木之免町(きのめちょう)は、江戸時代に入ってから干拓によって作られた土地だ。
 熱田社の祝詞師である田島丹波に与えられ、熱田社の神事に薪を納める任を負ったことから木之免の地名がついたとされる。
 田島丹波というのは熱田社権宮司を勤める家の世襲名のようだ。

 中央、一段高くなっているところにある大きめの社が白山社だろうけど、左右にある小さな社は分からない。 
 石灯籠が狭い間隔で置かれているのと、狛犬に網を被せている理由もよく分からない。
 なんか変わった白山社だという印象が残った。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

変わったのは周りの方、木之免町白山社

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