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秋葉社(秋葉)


指定村社の秋葉社



秋葉秋葉社

読み方あきば-しゃ(あきば)
所在地名古屋市港区秋葉3丁目137 地図
創建年不明
旧社格・等級等指定村社・十一等級
祭神迦具土神(かぐつちのかみ)
アクセスあおなみ線「荒子川公園駅」から徒歩約79分
両茶橋北バス停留所」から徒歩約6分
駐車場 あり
その他例祭 10月3日
オススメ度

 とても立派な秋葉社だ。名古屋市内でこれほど立派な秋葉社は他にない。指定村社にまでなった秋葉社はここだけだ。
 尾張藩の御用商人をしていた茶屋長意が1663年(寛文3年)から1669年(寛文9年)にかけて開発した茶屋新田のうちにある。
 茶屋家や茶屋新田については八幡社(東茶屋)神明社(東茶屋)のページに書いた。



 この神社について『愛知縣神社名鑑』はこう書いている。
「創建は明かではない。添地の鎮守の神として崇敬あつく、明治5年7月、村社に列格し、明治42年9月1日供進指定社となる。昭和20年3月12日の空襲に社殿炎上烏有に帰す。昭和20年10月神社所有農地三十二筆一町三反五畝あれど昭和23年10月農地解放により右の土地は国有地となる。(一部返還三百八十八坪)昭和24年12月、本殿を造営。昭和34年9月、伊勢湾台風により被災したが氏子の熱意により翌35年4月1日拝殿を復旧した」
 ここは茶屋新田の西の集落に当たる場所で、添地と呼ばれていたようだ。
 現在の秋葉の地名は、この秋葉社から来ている(町名成立は昭和51年)。
 茶屋新田の集落の中心は東の新川沿いと、北の東福田新田との境界堤防沿いにあった。
 西の方の集落は道沿いに民家が点在している感じで、戸数はあまり多くない。
 今昔マップの明治期(1888-1898年)の地図を見ると、そのあたりの状況がよく分かる。
 秋葉社は、北の東福田新田の堤防締め切りから真っ直ぐ南に延びた南北の道沿いに位置している。



『尾張徇行記』(1822年)は茶屋新田についてこう書く。
「此新田ハ福田新田前ニアリ、寛文三癸卯年開墾ナリ今ノ新川西ノ方ヨリ一番割 二番割三番割四番割五番割松山割トナラヒ、其南ヘ付東西ヘ沼河原午新田入土場 トナラヘリ、村落ハ一番割ト西ノ方沼河原ニ内ニアリ、是ヲ河原分ト云、一番割ノ方ニ 農屋多シ、寛文ノ覚書ニヨレハ、初開祖ノミキリ民戸只十八戸アリシカ」
 東から一番割、二番割と区画して、五番割、松山割まであったようだ。西の方は河原と呼ばれていたことからすると、文字通り戸田川の河原だったのだろう。
「此新田高ニ準シテハ戸口少ク、耕田アマリ福田蟹江アタリヨリ承佃スト也、 其内此新田百姓ハ多ク農業漁事ヲ兼生産トシ、農隙ニハ海辺ヘ出鰻○魚ヲカキ、 又運上ニテ鳥ヲ捕テ下一色村蟹江村問屋ヘウリツカワスト也、此地井戸ナシ渠ノ 水ヲ汲テ呑水トス、田面ハ皆沼田也」
 新田開発当時は十八戸で、江戸時代後期になっても石高の割に民家が少なく、福田新田や蟹江あたりから助っ人と呼んでいたということだ。沼田というから湿田で、井戸がなかったというから大変だ。農家は魚や鳥を捕まえて下之一色村や蟹江村の問屋に売っているとある。



『尾張志』(1844年)の茶屋新田の項には、「神明ノ社 茶屋新田にあり」とあるだけで秋葉社のことは書かれていない。
 東茶屋の八幡社は入水で流されて、この当時は神明社と合併していた。
 秋葉社をいつ誰が建てたのかは伝わっていないようで、調べがつかなかった。
 周辺にはこの秋葉社以外の神社はなく、指定村社にまでなっているくらいだから、茶屋新田の西集落の中心神社だったには違いない。



 神社すぐ北にある瑞雲寺(曹洞宗)との関係も考えたのだけど、この寺は明治13年(1880年)建立なので関係はない。
 その北にある善通寺(真宗大谷派)も大正2年(1913年)建立と新しい。
 神社境内東隣にある妙見堂は近年建て替えられたようだけど、日蓮宗というから、日蓮宗の信徒だった茶屋家と関係があるかもしれない。



 今昔マップで明治以降の変遷を見ると、戦後すぐまではほとんど変わらなかったようだ。道沿いに民家が点在して、それ以外は田んぼが広がっている。
 1960年代以降は区画整理されて、家も多少増えた。相対的に田んぼは減ったものの、大きな変化はない。
 1990年代に西の302号線が拡張整備されて、多少風景の変化があった。
 大きな変化は2014年(平成26年)にイオンモール名古屋茶屋が建ったことだ。田んぼは一気に減って、この場所にあった家も立ち退きになった。
 現在は名古屋第二環状自動車道の建設中で、2020年に完成すると、また風景もだいぶ変わる。



 この神社がいいのは、木造感が強いところだ。鳥居も、拝殿も、本殿も、本殿を囲っている塀も、すべて木造を保っている。そこそこ古さが出ているから、本殿は戦後の昭和24年に再建したもので、拝殿は昭和34年の伊勢湾台風後に建て直したものではないかと思う。
 指定村社だったプライドといったものを感じさせる。
『愛知縣神社名鑑』には特殊神事として虫送り神事が行われているとある。情報が古くて今はもう行われていないのかもしれないけど、かつてはそういう時代もあったということだ。
 宝物として刀剣二振とあるのは今も所蔵しているだろうか。
 この神社も茶屋家が関わっているように思える。




作成日 2018.8.17(最終更新日 2019.7.30)


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