諏訪社(諏訪町)

名古屋では貴重な諏訪社だけど詳細は不明

中村諏訪社

読み方 すわ-しゃ(なかむらく)
所在地 名古屋市中村区諏訪町三丁目2番6号 地図
創建年 不明
社格等 十五等級
祭神

健御名方神(たけみなかたのかみ)

アクセス

・地下鉄東山線「中村日赤駅」から徒歩約25分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋では数少ない諏訪社の中の一社。
 愛知県神社庁に登録している諏訪社は5社。小さいところをあわせても10社はないと思う。
 どうして名古屋では諏訪信仰が流行らなかったのだろう。
『尾張志』ではけっこう諏訪社(諏訪明神)が載っているから、江戸時代にはそれなりにあったようだ。明治以降、名古屋では廃れたといった方が正しいかもしれない。
 名古屋から見て諏訪大社は遠いといえば遠いけど、距離だけの問題ではなさそうだ。
 諏訪神社は北海道から九州まで、全国で1万数千社、または2万数千社あるという。そうなると、名古屋の5社というのはいかにも少ないように思う。

 中村区の諏訪社に関しては、ほとんど何も分からない。
『愛知縣神社名鑑』でも、
「創建は明かではない。『尾張志』に諏訪ノ社日々津村にあり、と。明治六年、据置公許となる」と、ごくあっさりした説明で終わっている。
 1670年前後に編さんされた『寛文村々覚書』の日々津村の項に、諏訪明神とあるから、江戸時代前期にはすでにあったことが分かる。
 神社がある町名は諏訪町となっている。これはもちろん、諏訪社があることから名付けられたものだろうから、それだけ影響力のある神社だっただろうに、由緒などがまったく伝わっていないのは残念だ。
 本社の左右にある小さな社も、何の神を祀っているのかは分からない。
 公園の一角になんとか残されたといった風情で、手入れが行き届いているとはいえない。

 いつ誰が日比津のこの地に諏訪の神を祀る神社を建てたのか。
 それは最初からタケミナカタ(健御名方神)を祀る諏訪社だったのか。
 何故、諏訪社でなければならなかったのか。
 諏訪社(諏訪明神)は鎌倉以降に全国に広まったというのが一般的な説としてある。
 創建された時代の人々は諏訪の神をどういう神と考えていたのか。
 現在の諏訪大社の祭神は、建御名方神と八坂刀売神(やさかとめのかみ)ということになっている。明治以前は諏訪明神だったはずだ。諏訪明神とはどういう神なのか。
 諏訪大社の伝承として、タケミナカタが諏訪に来たとき、洩矢神(もれやのかみ/竜蛇神とも)という土地神がいて、それが抵抗して負けてタケミナカタに協力することになったという話がある。
『延喜式神名帳』では、南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)とあり、信濃国一宮だった。
 諏訪大社は上社と下社に別れていて、上社は本宮と前宮に別れ、下社は秋宮と春宮に別れている。これらを総称して諏訪大社と呼んでいる。
 日本最古の神社のひとつとされていて、その歴史は深く複雑で難しい。
 江戸期の尾張の人々は諏訪社をどんな神社と捉えていたのだろうか。

 この神社についてこれ以上知るための手がかりがほとんどないため、現状、すべては不明とするしかない。
 何か分かったら追記したい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

中村区諏訪町の諏訪社は新しいような古いような

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