御嶽神社(福島)

カッコイイ御嶽ワールド

福島御嶽神社

読み方 おんたけ-じんじゃ(ふくしま)
所在地 名古屋市中川区福島2丁目 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明(御嶽大神)
 アクセス

・近鉄名古屋線「蟹江駅」から徒歩約22分
・駐車場 なし(スペースあり)

webサイト  
オススメ度 **

 田んぼが広がる開けた場所の一角にぽつんとあって、わっ、カッコイイな、と思う。
 そういう光景の神社に心惹かれるのは、どこか懐かしい風景だからだろう。かつては田んぼの中にこんもり繁った森があって、そこで鎮守の神を祀っていた。
 神社がある福島は、中川区の西南の端っこで、御嶽神社はその中でも一番端にある。すぐ南が港区で、西は蟹江町だ。
 どうしてこんな田んぼの真ん中に御嶽神社があるのだろうと思ったら、370メートルほど西に木曽御嶽本教蟹江教会があるから、その関係なのかもしれない。
 境内には「木曽御嶽本教愛知出生組蟹江教会 初代教正総監 加藤茂雄像」があることからしても、無関係とは思えない。

 それにしても、ここはなかなかの御嶽ワンダーランドだ。御嶽大神と刻まれた石碑がある本殿エリアは、御嶽山の山頂にある奥社を彷彿とさせる。
 境内は幟やら石碑やら石像やらで溢れている。池上大龍王と染められた幟や石像、石碑群、地蔵堂、お堂、池まである。何故か、忠犬レオの石像も。
 池上大龍王というのは聞いたことがないのだけど、境内にある池と関係があるだろうか。
 石碑を見ていくと、池上茂之命、池上直美之命といったものがあるから、御嶽教関係者の池上さんを龍王として祀っているということだろうか。
 黒体龍王や亀万神などと染められた幟も立ち並ぶ。
 その他、覚菊姫霊神、覚美代童女など、女性のものと思われる霊神碑もあり、女性色の濃い神社という印象も受ける。
 御嶽山は早くから女性に対して開かれた山ということもあり、御嶽教は女性の行者や信者が多いという特徴がある。

 江戸時代のここは、おそらく富永村だっただろうと思う。すぐ南は西福田新田で、江戸時代前期の1630年代に干拓で新田が作られるまでは富永村は海辺の村だった。
 鎌倉時代末の1327年に描かれたとされる「富田荘絵図」には、南部の海岸に福富・冨長の注記がある。そのあたりがのちに富永村となった。
 海辺の村だった頃は戸田川に湊があり、村人たちは半農半漁の生活だったようだ。新田が開発されると川の水運は廃れてて農村になっていった。
『尾張志』の富永村の項を見ると、「熱田大明神ノ社 白山ノ社 神明ノ社」があると書かれている。現在それらは、神明社熱田社白山社合殿地図)として一ヶ所に集められて祀られている。
 福島の地名は、大字富永の字名南福島、福島裏、外福島に由来する。
 昭和57年に、富田町大字戸田・大字富永の各一部より成立した。

 訪れたときは雨交じりの強い風が吹き付ける寒い日だった。どんよりとした灰色の雲を背景にした御嶽神社はとても格好良かった。
 田んぼに水が入った5月の夕焼け時に訪れたらどんな光景なんだろうと想像した。
 ここもまた、再訪したい神社のひとつだ。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

御嶽教らしさが溢れる福島御嶽神社

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