水野社

祓戸大神を祀る貴重な神社

水野社と大松稲荷神社

読み方 みずの-しゃ
所在地 名古屋市中村区則武2-17-11 地図
創建年 不明(伝・700年より以前)
社格等 村社・十二等級
祭神

祓戸大神(はらえどのおおかみ)

アクセス

・鉄道各社「名古屋駅」から徒歩約12分
・地下鉄東山線「中村区役所駅」から徒歩約11分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 名古屋駅の西、かつて牧野村と呼ばれた場所にある神社。現在の地名は則武で、牧野村の前は中野高畑村という名前だった。明治9年(1876年)に中野高畑村、中島村、大秋村が合併して則武村となった。
 ちなみに、世界的な食器メーカーのノリタケは、創業地が則武にあったことから名付けられた(設立は明治37年)。現在のノリタケの森があるのがそうだ。
 水野社の創建は700年より以前というから、飛鳥時代だ。ちょっと信じられないのだけど、祭神が祓戸大神(はらえどのおおかみ)と聞くと、それもあり得る話かと思う。名古屋市内で祓戸大神を主祭神として祀っている神社はここだけかもしれない。
『尾張志』には「高畑分の氏神なり」とある。江戸期に祓戸大神を祀っているという認識があったのかどうかは分からない。祓戸大神を氏神にするだろうかと考えるとちょっと疑問にも思う。いつ、誰が祭神を祓戸大神としたのか。本当に創建は飛鳥時代なのか。
 中村区は、かつての古東海道が通っていた場所で、区の北西から南東にかけて斜めにほぼ真っ直ぐの道があったと考えられている。高畑のあたりは早くから集落があった可能性は高い。600年代に神社のひとつくらいあったとしても不思議ではないか。
 古くから若宮八幡社の末社だったという話がある。それが本当だとすると、どういうことを意味するのかちょっと分からなくなる。若宮八幡社も古い神社で、創建は天武天皇時代(673年-686年)とも伝わるから、水野社の古さを物語るものとも言えるのだけど、のちの名古屋城三の丸になる場所に創建された若宮八幡社と水野社は、直線距離にして2.5キロほど離れている。この両社の関係性がよく分からない。
 水野社の境内には半ば独立したような大松稲荷神社がある。名前の通り大きな松があったようで、今は記念の石碑だけが残されている。切られる前は樹齢600年ほどの巨大な松だったという。
 こんな由緒ありげな神社だけど、あまり知られてはいない。私も地図上で見つけて行ってみるまで存在すら知らなかった。祭神が祓戸大神というのも現地に行って初めて知ったのだった。

  祓戸大神(はらえどのおおかみ)は、禍事(まがごと)、罪、穢(けが)れを祓う瀬織津比売(せおりつひめ)、速開都比売(はやあきつひめ)、気吹戸主(いぶきどぬし)、速佐須良比売(はやさすらひめ)の総称で、祓戸四柱大神ともいう。
 瀬織津比売はもろもろの禍事、罪、穢れを川から海へ流し、速開都比売は海の底でそれを飲み込み、気吹戸主が根の国、底の国に息吹を放つ。速佐須良比売は根の国、底の国に持ち込まれたもろもろの禍事、罪、穢れをさすらってなくす。
 現代でもよく使う「水に流す」という言葉の起源は水で穢れを祓うということが起源となっている。
 祓戸(はらえど)は祓いを行う場所のことで、そこに祀られる神も意味する。
 速開都比売以外は『古事記』、『日本書紀』には登場せず、祓詞(のりと)の中で登場する。伊弉冉尊(イザナミ)を追いかけて黄泉の国に行って逃げてきた伊弉諾尊(イザナギ)が禊(みそ)ぎをしたときに化成した神としている。
 祝詞の中でもっとも古く、なおかつ最高のものとされるのが大祓詞(おおはらえのことば)だ。
『延喜式』にそれが載っており、成立したのは天智天皇の時代、もしくは文武天皇時代ともいわれ、原典は更にさかのぼると考えられている。長らく中臣氏が読み上げることになっていたことから、中臣氏の祖である天児屋根命(アメノコヤネ)が作ったという説もある。アマテラスの天の岩戸隠れのときに祝詞を読み上げたのがアメノコヤネだ。
 古代の日本では一年を前半と後半の二季に分けていたとされており、六月と十二月の晦日(みそか)に大祓の儀が行われていた。現在残っているのは六月に読まれていた大祓詞の方だ。
 祓いは個人を対象とするのに対して、大祓は国全体を祓うという意味とされる。
 大祓詞の中で祓戸四柱大神が登場する部分は以下の通り。

「高山の末 短山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ 速川の瀬に坐す瀬織津比賣と言ふ神
(たかやまのすえ ひきやまのすえより さくなだりにおちたぎつ はやかわのせにますせおりつひめといふかみ)
 大海原に持ち出でなむ 此く持ち出で往なば 荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百會に坐す 速開都比賣と言ふ神
(おほうなばらにもちいでなむ かくもちいでいなば あらしほのしほのやほぢのやしほぢのしほのやほあひにます はやあきつひめといふかみ)
  持ち加加呑みてむ 此く加加呑みてば 気吹戸に坐す気吹戸主と言ふ神
(もちかかのみてむ かくかかのみてば いぶきどにますいぶきどぬしといふかみ)
 根國底國に気吹き放ちてむ 此く気吹き放ちてば 根國 底國に坐す速佐須良比賣と言ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ
(ねのくに そこのくににいぶきはなちてむ かくいぶきはなちてば ねのくに そこのくににますはやさすらひめといふかみ もちさすらひうしなひてむ)
 此く佐須良ひ失ひてば 罪と言ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天つ神 國つ神 八百萬神等共に 聞こし食せと白す
(かくさすらひうしなひてば つみといふつみはあらじと はらへたまひきよめたまふことを あまつかみ くにつかみ やほよろづのかみたちともに きこしめせとまをす)

 大祓祝詞はYouTubeでも聞くことができる。おすすめはこちら。
 伊勢神宮名誉宮司
 オーソドックスなんだけど、変に力が入っていなくて、発声やテンポなどが耳に心地いい。

 祓戸大神を祀っている神社は全国的に見ても少ない。
 代表的なところでは滋賀県大津市の佐久奈度神社がある。天智天皇の勅命で669年に中臣金(なかとみ の かね)が祓戸神を祀ったのが始まりとされる(式内・名神大)。
『倭姫命世紀』(やまとのひめのみことせいき)の中で、祓戸大神のうちの三神は伊勢の神宮に祀られていると書かれている。
 瀬織津比売は内宮の荒祭宮で、速開都比売は内宮の滝沢宮並宮で、気吹戸主は外宮の多賀宮で祀るとしている。
 滝沢宮並宮というのがよく分からないのと、速佐須良比売が祀られていないのはどういうことだろう。速佐須良比売は罪、穢れをなくすためにさすらっているということだろうか。
『古事記』、『日本書紀』ではほぼ語られないとはいえ、性質も役割もはっきりしている神だし、祓うという行為は人々の日常にも重要なものだから、もっと祓戸神を祀る神社があってもよさそうなものだ。逆に何故これほど少ないのかが疑問だ。
 水野社についてくわしいことはほとんど分からなかったとはいえ、祓戸大神を祀る神社と出会えたことは収穫だった。
 水野の名前はどこから来たのだろうというのも気になるところではある。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

水野社は祓戸大神を祀る名古屋で唯一の神社かもしれない

HOME 中村区

スポンサーリンク
Scroll Up