秋葉社(八田町)

住宅地の曲がり道のスペースを活用

八田秋葉社

読み方 あきば-しゃ(はった-ちょう)
所在地 名古屋市中川区八田町 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
 アクセス

・近鉄名古屋本線「近鉄八田駅」から徒歩約3分
・JR関西本線「八田駅」から徒歩約7分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 近鉄八田駅の南の住宅地にある秋葉社。
 このあたりは江戸時代、八田村だったところだ。
『尾張志』の八田村の項を見ると、「神明ノ社 八田村にあり」とある。
 その八田村の神明社は、JR八田駅の北西に残っている。住所でいうと中村区並木2丁目だ(地図)。
 八田の秋葉社については江戸期の書には載っていない。江戸時代からあったとしても小さな秋葉権現の祠程度だっただろうから、そこまで『尾張志』などには出てこない。
 創建時期としては明治以降という可能性もある。
 この神社について分かることはほとんどない。

 八田村ゆかりの人物に、鬼頭景義(きとうかげよし)という人がいる。
 この地に逃れてきた源為朝の子孫とされる鬼頭家の話は尾頭橋などに残されていて、まったくの作り話とも思えない。
(為朝と鬼頭の話は中区の闇之森八幡社のところである程度書いた)
 鬼頭景義は八田村の住人で、尾張の新田開発に尽力した人物だ。
 江戸時代前期の1631年から足かけ27年間にわたり、中島新田や熱田新田、中野内新田・外新田、東・西福田新田などの開発にたずさわった。新田開発は遠く美濃国にまで及び、2万3千石も増やしたといわれている。
 その功績により、尾張藩主から苗字帯刀を許されている。
 晩年は仏門に入り空雲を名乗り、中島新田に道龍山空雲寺(地図)を開いた(創建当初は善源寺)。

 なお、地図上では秋葉神社になっている。
 社と神社の違いは曖昧で、社と名乗れば社だし、神社と名乗れば神社となる。
 神社庁に登録する場合の基準があるのかどうかはよく分からないだのだけど、ときどき何年に社から神社に改称したという話があるところをみると、神社は名乗るには規模や設備、氏子数などの条件があるのかもしれない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

八田の住宅街の中の秋葉社

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