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秋葉神社(一社)


貴船神社のものか神蔵寺のものか無関係か



一社秋葉神社

読み方あきば-じんじゃ(いっしゃ)
所在地名古屋市名東区一社3丁目 地図
創建年不明
旧社格・等級等不明
祭神迦具土神(かぐつちのかみ)
アクセス地下鉄東山線「一社駅」から徒歩約12分
駐車場 あり
その他 
オススメ度

 一社の貴船社地図)のすぐ南にある秋葉神社。
 貴船社の参集殿(休憩所兼寄り合い所)の敷地内にあるから貴船社の境外社かとも思うのだけど、道一本挟んで独立させる必然がよく分からない。貴船社は境内もそこそこ広いから、これくらいなら充分境内に置くことはできる。
 これはもしかすると貴船社に隣接する神蔵寺(しんぞうじ)の関係の神社かもしれない。
 というのも、神蔵寺の開山は雲岫麟棟和尚(うんしゅうりんとう-おしょう)で、雲岫麟棟は秋葉三尺坊の火渡り神事で知られる福厳寺(ふくごんじ)の住職だったからだ。



 神蔵寺は戦国時代中期の文亀元年(1501年)に一色城主の柴田源六源勝重(柴田勝家の祖父または曾祖父)が城内に建てたのが始まりと伝わっている(創建時は今よりも東にあって1735年に現在地に移されている)。
 このとき、福厳寺(web)から雲岫麟棟を呼び寄せて開山とした。
 福厳寺は1476年に大草城主の西尾式部道永が盛禅洞奭(せいぜんとうせき)に弟子入りして建立したと伝わる。盛禅和尚は高僧と名高い人物だった。
 西尾道永は三河の西尾城主だったのが、争いに敗れて尾張に流れてきて岩倉城主の織田信安を頼り、その後春日井郡の大草村(小牧市)に大草城を建てた。
 福厳寺の守護神が秋葉三尺坊ということで、毎年12月に秋葉三尺坊の供養会として火祭りが行われる。540年以上続くというから、創建当時から行われていたようだ。
 その福厳寺の住職だった雲岫麟棟を招へいして一色城に建てたのが神蔵寺だったということで、寺の中には当然秋葉権現を祀る社があったはずだ。
 明治の神仏分離令で神蔵寺から独立させたのがこの秋葉神社ではないかと考えるのだけどどうだろう。
 貴船社の参集殿が建てられたのは昭和58年なので、それまではその敷地も秋葉神社の境内だったかもしれない。



 赤く塗られた木製鳥居はなかなか立派で、社を囲う覆殿もちゃんとしたものだ。社だけがぽつんと置かれているのとは違って、神社と呼んでいい。
 下がコンクリートで固められているのは、参集殿を建てたときにそうしたのだろうか。右側の石灯籠がある部分は土になっている。
 神蔵寺の関係の神社かどうかは、神蔵寺に電話で訊ねるか直接伺えば話を聞けるだろう。
 あるいは、神蔵寺とも貴船社とも無関係で、一色村の別の場所にあった秋葉社をここに移しただけかもしれない。




作成日 2018.1.26(最終更新日 2019.1.31)


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