七所社(千音寺稲屋)

社殿がカッコイイけどよく分からない七所社

千音寺稲屋七所社

読み方 ひちしょ-しゃ(せんのんじ-いなや)
所在地 中川区富田町大字千音寺稲屋4157番地 地図
創建年 不明
社格等 村社・十四等級
祭神

日本武尊(やまとたけるのみこと)
若帯日子尊(わかたらしひこのすめらのみこと)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
軻遇突智神(かぐつちのかみ)
宇迦御魂尊(うかのみたまのみこと)
宮酢姫命(みやすひめのみこと)
乎止与命(おとよのみこと)

 

・JR関西本線「春田駅」から徒歩約50分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 中川区の北の端、海部郡大治町との境界近くにある。旧佐屋街道沿いの南側で、社殿は東を向いている。
 住所にまだ大字(おおあざ)が残っていて、ここは富田町大字千音寺稲屋になる。
 稲屋という地名がいつからあったかは調べがつかなかった。千音寺村は古くからあり、以前は赤星村といったともされる。
 津田正生『尾張国地名考』によると、今(江戸後期)はすでにないけどかつてあった千音寺という寺が地名の由来ではないかとしている。
 平安時代後期の11世紀には富田の荘が成立し、支配が北条家から鎌倉の円覚寺(えんがくじ)に移った。
『愛知縣神社名鑑』にこうある。
「この地富田の荘は弘安四年(1281)より鎌倉円覚寺の寺領となり二百有余年の間、国司親(みずか)ら祭祀を行ったという。稲屋の鎮守の神として崇敬ふかく、明治5年、村社に列格する。明治24年、社殿を改築する」 
 これを信じるなら、この七所社は鎌倉時代にはすでにあったと考えていいだろうか。 

  神社の北を通っている佐屋街道は、尾張藩初代藩主の徳川義直が1634年に開いたとされる。
 その後、東海道の脇道として多くの人たちが利用することになるのだけど、江戸時代以前から元となる道はあったはずだ。
 佐屋街道沿いに残る3つの七所社がいずれも古い時代の創建とされるのもひとつの証となるのではないか。
『延喜式』神名帳にある御田神社の論社とされる岩塚の七所社地図)を西に進み、庄内川を万場の渡しで渡ってしばらく行くと国玉神社地図)がある。
 佐屋街道はそこから進路を北西に変え、新川を渡って北上した右手に大治町の七所神社(地図)がある。今は十二所神社と合併している。
 佐屋街道は西に進み、ほどなくして左手に千音寺稲屋の七所社(地図)がある。
 ここは現在でも名古屋の外れなのだけど、江戸時代は名古屋城下からはかなり離れた場所だ。
 佐屋街道は大治町をかすめ、七宝町に入り、佐屋方面へと向かう。
 3つの七所社が佐屋街道沿いの近い場所にたまたま建てられたとは思えない。
 では七所社とはどんな神社かというと、それがよく分からないのだ。

 祭神の顔ぶれからして、熱田神宮と関係がありそうではある。
 岩塚七所社は、もともと熱田神宮の神田があったところに御田神社を建てて、そこにあとから熱田の七社の神を勧請して祀ったとしている。
 中川区伏屋の七所神社に関しては創建のくわしいいきさつは伝わっていない。
 大治町の七所神社は十二所神社と合体していることもあってこちらもよく分からない。
 ここ千音寺稲屋の七所社は富田荘だったことと関係があるのかどうなのか。
 熱田神宮関連と言い切れない理由は、祭神が必ずしも熱田の神というわけではなく、それぞれの七所社によって微妙に異なっている点にある。

 岩塚七所社は、日本武尊、天照大神、倉稲魂命、天忍穂耳尊、高倉下命、宮簀姫命、乎止與命。
 中川区伏屋の七所神社は、日本武尊、足仲彦命、乎止与命、稲依別命、宮酢姫命、迦具土神、草薙御劔御霊。
 中川区千音寺稲屋の七所社は、日本武尊、若帯日子尊、素盞嗚尊、軻遇突智神、宇迦御魂尊、宮酢姫命、乎止与命。

 千音寺稲屋が一番熱田神宮から遠くなっている。
 それぞれの祭神が違っているのは、創建のいきさつがそれぞれ違うからなのだろう。名古屋市北部の六所社のようにイザナギ・イザナミのファミリーで顔ぶれを揃えてもよかったのにそうしなかった。
  若帯日子尊(ワカタラシヒコ)というのはいかにも唐突だ。七所とするための数合わせのようにしか思えない。
 これは成務天皇のことで、ヤマトタケルから見ると異母弟に当たる。ヤマトタケルの息子、仲哀天皇の一代前の天皇なのだけど、実在性が低いとみなされている。
 七所とは結局、何なのか。
 この七所社も、あえて「ひちしょ」とフリガナを振っている。「しちしょ」ではなく「ひちしょ」としたことに何か意味があるのだろうか。

 由緒についてはよく分からない神社ではあるのだけど、ここは社殿がなかなか素晴らしい。
『愛知縣神社名鑑』に「明治24年、社殿を改築する」とあるから、その当時のものだろうか。
 拝殿と弊殿を朱塗りの橋で結ぶという変わったスタイルで、本殿の柱などに凝った龍などの彫刻が施されている。

 七所社は六所社と同様に継続調査対象ということになる。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

中川区富田町の七所社は明治の木造社殿が印象に残った

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