白髭神社なのか稲荷神社なのか両方が合体した神社なのかよく分からない。 広路町石坂にあって、地図で見ると須佐之男神社と細い道を挟んで隣り合わせいているので関係社なのかと思いつつ現地に行ってみたら、入り口が東と南で離れていて無関係だった。 入り口には朱塗りの立派な鳥居が建っていて、白髭稲荷大明神の社号標もあるのだけど、ここは完全に民家だ。入って右手が神社になっているのだけど、左には普通の家が建っていて中で人が生活している物音がしていた。 進入していいものかどうか少し迷ったのだけど、思い切って入ってみた。参拝に訪れているだけで悪いことをしているわけではないと自分に言い聞かせて。
しかしここはワイルドだ。鎮守の森といったようなものではなく、草木が自然に任せて生え放題になっていて、鳥居や社や石碑と一体化している。ほぼジャングル状態といっていい。こんな野性味溢れる神社はめったにない。 それにしてもここはなんなんだ、と思う。まったく見たことも聞いたこともない大明神の石碑が林立している。 松大明神、宗平大明神、金大明神、柳平霊神、松玉大明神、劔喜大明神、白雪大明神、豊正大明神、松葉大明神、白髭大明神、光松大明神。 えーと、どちら様でしょう、と戸惑うばかりだ。 霊神というと御嶽教の行者だったりするのだけど、大明神となると仏色の強い神仏習合の神なのか。 何らかの新宗教なのか、関係者を大明神として祀っているのか、全然想像もつかなかった。
白髭というと猿田彦(サルタヒコ)を思い浮かべる。琵琶湖の西のほとり、滋賀県高島市に白髭神社(web)があり、それが全国の白髭神社の総本社とされている。サルタヒコを祀る歴史のある神社だ。 『延喜式』神名帳(927年)には載っていないものの、国史に出てくる比良山の神、比良神は白髭神社のこととされている。 広路町のここが白髭神社ならサルタヒコを祀る神社ということになるのだろうけど、白髭稲荷となるとやはりちょっと違うのか。 白髭稲荷大明神の名を持つ神社は全国にいくつもあるようで、ここだけというわけではない。福岡県大川市や大野城市、長崎市、大阪市、伊丹市、熊本城内などにもあるらしい。 どうやらこの系列の神社は、和歌山県の高野山や弘法大師に関係があるようだ。だから、西日本に偏っているのか。
京都の伏見稲荷大社(web)は渡来系の秦氏が創建したというのが定説となっている。 賀茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)の子孫である秦伊呂具(はたのいろぐ)が、稲荷山に稲荷大明神を祀ったのが伏見稲荷の起源とされる。 賀茂建角身命は、高木神と天照大神の命を受けて神武東征のときに、八咫烏(やたがらす)に姿を変えて先導し、神武を勝利に導いたとされる神だ。のちに賀茂御祖神社(下鴨神社 web)の祭神となった。 秦氏は大陸から渡来した一族とされ、京都の太秦(うずまさ)や葛野(かどの)を本拠地とし、広隆寺(京都観光navi)を建てたり、松尾大社(まつのおたいしゃ web)を創建したりした。八幡総本社の宇佐八幡宮(web)も秦氏が建てたという話もある。 秦氏の長が松尾大社を創建した秦都理(はたのとり)で、秦伊呂具はその弟とされる。 秦伊呂具が餅を的にして矢を射たところ、矢が命中した餅が白い鳥になって稲荷山に飛んでいき、そこに稲が生えたので稲荷山を聖地として稲荷大明神を祀り、伊奈利社(いなりしゃ)と名付けたという。 これが和銅四年、711年のことだったとしている。
それとは別に、白髭の老人と弘法大師の話がある。 荷田氏の伝承によると、816年に弘法大師が熊野詣での途中に紀伊田辺に滞在していたところ、女性二人と子供二人を連れて稲を担ぐ白髭で大男の老人が現れ、自分は稲荷神と名乗った。身長は2メートル40もあったとか。 その白髭老人とは弘法大師は唐で会っていて、日本で弘法大師が密教の教えを広めるのを手伝うためにやって来たというのだ。 白髭老人は東寺(web)の創建にも関わり、弘法大師は東寺の鎮守として白髭老人を稲荷神として祀り、のちに稲荷山に移したという。 東寺に伝わる稲荷大明神縁起によると、もっと古くから稲荷山の麓に竜頭太(りゅうとうた)という山の神が住んでいて、竜頭太が弘法大師の教えで稲荷山を譲ったので、稲荷山に白髭の稲荷神を祀ったとしている。
どうやら稲荷神には大きく分けて二系統の伝承があるようで、白髭稲荷を名乗るところは、弘法大師と白髭老人を起源とする方ということだろうか。 この広路町の白髭稲荷大明神がいつ頃建てられたのかはまったく分からない。意外と古いのかけっこう新しいのかの判断もつかない。 数々の大明神石碑からすると、神仏習合に加えて民間伝承なども混ざっているように見える。 そもそもここは一般向けに開かれた神社なのかという疑問も消えていない。個人宅の庭神社かもしれない。 とはいえ、一見の価値はあるので、機会があれば一度訪ねてみて独特の世界観に浸ってみてほしい。
作成日 2018.2.10(最終更新日 2019.3.19)
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