男女守稲荷神社

男女が守る? 男女を守る?

男女守稲荷神社

読み方 だんじょもり-いなり-じんじゃ(?)
所在地 名古屋市西区枇杷島五丁目8-3 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・名鉄名古屋本線「東枇杷島駅」から徒歩約17分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 まず名前に惹かれた。男女守稲荷。男女守は何と読むんだろう。素直に読めば「だんじょもり」だと思うけど、ひねって読めば「なんにょ」とか「まもり」とか「しゅ」などとも読める。
 男女の神様が守ってくれているのか、男女を守るのか。
 これが稲荷神社というからなかなか変わっている。

 もともとこの場所には八幡社があったという。現在、その八幡社は480メートルほど南西(地図)の清音寺の東に移っている。
 その八幡社が創建されたのが1529年で、遷座したのが1612年と神社の由緒は伝える。
 となれば、八幡社の跡地に男女守稲荷が建てられたのは1612年以降ということになる。
 ただ、話をちょっとややこしくしているのが境内社の白要龍王・白王龍王を祀る神社の存在だ。
 言い伝えとして、境内に説明書きがある。

 それによると、天文年間に龍王は「琵琶里」の守護神として鎮座していたという。
 枇杷島の地名の由来は、琵琶の名手だった藤原師長の逸話から来ているという説がある(瑞穂区の嶋川稲荷社を参照)。
 天文年間は1532年から1555年の間だから、1529年の八幡社創建の後に龍王を祀るようになったと考えていいだろうか。
 その後、八幡社が移ったことでここが荒れ果ててしまったのだけど、子供が竹や木の枝を折っても神罰が下るということで御神酒を供えて願掛けをしたところ願いが叶ったため、男女守稲荷の境内に奥宮という形で祀るようになったと説明する。

 八幡社が移されたとき、龍神はここに置いていかれてしまったのは何故なのか。
 結局、男女守稲荷はいつ建てられたのか。
 肝心なそのあたりの経緯が分からないのでもやもや感が残る。
 男女守という社名がどこから来たのかも知りたいところだ。
 名前だけでなく、神社の雰囲気としても印象を残すところだった。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

このお稲荷さんは男女を守ってくれるのか

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